狐、遥を含む俺たち三人は神社へ向かう道中だった。
毎夜のように異形の者達に襲われていては身はもたず、
遥が持ち出したこの刀について知らなければならない。
抜刀しただけで体力を大幅に失い、
ひと斬り振れば空間を割いて無きものとする。
刀の出処を知ることで何か良い扱い方が見つかればいいのだが。
今そんな危なっかしい刀を持っているのは遥だった。
命を持った体をもつ俺が持つには負担が大きく、負担が大きい。
まさに妖刀と呼べるデメリットを含む異様な刀・・・
「もうすぐ遡納・・・」
一瞬どこからか声が聞こえた。
そら耳だろうか、誰も話かけた様子はない・・・。
狐が遥の方を向くと何か言う。
「何の念が張り付いているか知らんが人語を喋るのか」
鞘に納まる刀を持つ遥の両手がぶるぶる震えている。
否、刀が振動して言葉を発している・・・。
「私に疑問があるのか、世捨ての神よ」
「な、世捨てだと・・・言ってくれるなこのなまくらめ・・・」
狐が尾を振り、火の粉を散らすと
遥の手元にあった妖刀は風を巻き上げながら飛び出し、
狐の火の粉をはき消して脳天に柄を突き立てて、殴った。
「い、いてー!眼荷様を愚弄するか!ゆるすまじ・・・」
狐は妖刀を追い回し、妖刀は空中を飛び回って逃げている。
やがて刀は森の奥へと飛び去ってしまい、狐はそれに続いて走った。
置き去りにされた二人は・・・
「ゆっくり行きましょ」
「ああ・・・ほっとこう・・」
騒がしいのはところかまわず襲ってくる闇の住人だけで十分である。
休める時間も愛おしい今の状況で変な喧嘩を楽しめるはずはなかった。


その後永汰と遥は山の小路を登り、神社へ辿り着いた。
門は倒れかけ、境内の破損も激しい。
ふと俺は整然とした雰囲気に違和感を感じ、辺りを見回す。
砂利の庭園からお堂の中まではほこり臭さが感じられなかった。
誰かが生活しているのか、朽ち果てきった様子が無い。
「妙に中が綺麗だが・・・」
「私の帰る場所だからね。落ち着くマイホームだよ」
これは驚いた。神社に住みつく物好きが身近にいたなんて。
ここは死界・・なんでもありな世界だ。
突っ込み役の狐もいないので返事が返ってくることはない。

「おかえりなさい、遥さん」
お堂の影から声がし、人の姿がそこにあった。
両手で重そうな刀を持つ黒髪の少女は刀を置き、言った。
「姉さんは先に帰ってましたのよ。遥さんは怪我しませんでした?」
「うん、問題無いよ・・・危ないことがあったけれど」
状況が把握できずぼうっとする永汰に黒髪の子はやっと気づき、
誰かと首を傾げた。
「彼は永汰。生きた体でこの世界に来てしまった人間よ。
あ、この子は千香といって、この神社に住んでいるの」
「よろしくお願いします・・・。
塑納神社へようこそ永汰さん。あなたを歓迎します・・さ、姉さんも」
そう言うと千香の手元の刀が低くうなり、音を出す。
「再びこんにちは、永汰。私、千鶴も歓迎しますわ」
よく見るとその刀は先ほどの戦闘で俺が使ったものだった。
「しゃべった!」
「彼女もまた魂ある存在・・・魂の"うつわ"が刀であるだけだよ」
「俺が振り回してた時は喋らなかったぞ・・?」
「私だっていきなり知らない奴に使われちゃびっくりする」
そんなことより刀でありながら人間らしい性格を持っていることに驚きだ。
「とりあえず中に・・。疲れたよね、永汰さんも」


神社の中には何らかの結界が張ってあるらしく
乾いた空気に支配された森の中でも特異の雰囲気を放っていた。
妖怪も入ってくることは適わないようで、
森からこちらの気配を探るような行動をする者はいなかった。
俺は個室の縁側のような所でやっと空気と呼べるような空気を
吸えることの喜びをかみしめていた。
ふと後ろに人影を感じて目を向けたら遥が来ていた。
「隣いいかな・・・?」
「別に良いけど、何か用かな」
「うん・・まだお互いの事情も話していないから・・・。
永さんも分からないことが多いでしょう?」
「ああ・・・」
不明な物が何かとあえて聞かれるなら、
俺はこの世界については何も知らないに等しい。それに・・・
「ここが塑納神社だと言ったな・・?」
「ええ、ここは塑納神社。仮死世界で唯一安全な場所。
この仮死世界は疑問や不信感、負の感情に満ちた世界。
負の感情に飲み込まれたら二度と戻ることはできない・・・。
だから安全な場所を私達は必要とする。危険は避けるべきなの。
それ故に知りたい。あなた自身のことを。
そして知って欲しい。私たちのことを」


――俺は崖から落ちる前までのいきさつを遥に話した。
問題は遥が神乃に似ていることだが、それは省いて説明した。

「私は物心ついた頃からここ、塑納神社に住みながら
周りを巡回して色々な異形とも関わりをもった。
異形には敵意の塊のようなもの、何と無しに彷徨う害の薄いものもいて、
話せるものたちもいる。私は人の姿をしているけれど、力をもっている。
いままで私の命を脅かす存在がいても立ち回って生きてきた。
生きたという表現は間違ってるかな・・・消えずに済んだ」
「すると遥は随分長い間ここにいたことになるのか・・・」
あまりに外見の似ている遥と神乃。
今すぐにでも思い出せる。神乃・・・。微かに芽生えていた
"遥は神乃の生まれ変わりではないか・・・?"
という考えがすっぱりと否定されてしまった。
「でも私が今ここにいられるのも千香たちのおかげかもね」
基本的に無表情な千香にも笑顔がふっと灯った。
「千香と千鶴は体の"うつわ"があんなにも違うけれど姉妹だよ」
「刀と人が姉妹だと・・・。そんなことが在り得るのか?」
「本来ならばありえない、けど。今私の口から話せる事では無いかもね」
まだ時期尚早な質問だったのかもしれない。
深い事情を話すまでにはお互い至らない仲だし、詮索には至らなかった。


月が流れている。赤い月だ。雲に隠れてはかき消える。
空に目を凝らすと元の位置に月は在る。右の空に流れたはずの月は左の方へ。
現実ではない世界を再確認させる嫌な色をした空に気分が悪くなって目を閉じた。
ぼうっと神乃の影、輪郭が浮かび上がった。
未練がましいな。と自分が嫌になった。
続きざまに思い出すのは遥に触れた時の体の冷たさ。
不吉な予感がちりちりと脳の奥をせめ立てる。
馬鹿なことを・・・。遥は生きているし神乃も当然無事だ。
自分に言い聞かせて何も考えないようにする。
ゆっくりとした風の流れを感じながら眠りに落ちる。





塑納にて