「部長、電報を受信しました。読み上げますか?」
色褪せた黒いスーツに出っ張った腹。白髪のオールバックに不精髭を生やした中年の男が眉を動かし、軽く頷いた。
「ワレ、フクシュウ、ヲ、ハタセズ・・。これは・・?」
男の顔から表情が消える。
・・死んだのか。三船・・
男が、黒い皮のソファーから立ち上がった。
「・・また一人、友が倒れてしまったか・・」
ガンッ!男は傷だらけのデスクを拳で叩いた。
部屋の中に居た何十人もの男達がオフィスワーク用の椅子から立ち上がり、白髪の男を見る。
男達は、老人から少年と呼べるほど若い青年まで年齢は様々だが、全員がボロボロのスーツを着用している。
「先日、奴らがこの近辺に現れた。我が仲間は重傷を負いつつもトレーラー1台と『Knights』2機、そして幾つかの武器を強奪してくれた。
だが奴らはきっと、ここを嗅ぎ付けるだろう」
スーツの男達は皆表情を歪め、怒りを露わにした。中には悪態をつき椅子を蹴り倒す者も、拳で壁を殴る者も居る。
「だが、諸君らの家族が・・妻が、親が、兄弟が、そして子供達が見守っていてくれる限り、ワシらは負けることはない」
「おおおぉぉぉぉぉっ!!」
人数に対して決して広いとは言えない部屋で、スーツ姿の男達が狂喜乱舞した。互いの戦意を高め合うように。傷を舐め合うように。
部長と呼ばれた男は再びソファーに腰を掛け、乱雑したデスクの引き出しから一枚の写真を取り出し、呟いた。
「ハルカ・・トウヤ・・」
第二話―――
銀色の騎士と茶色い魔獣。
壊れて行くビルの裏口から脱出した俺達の目に最初に映ったのは、それだった。
・・『Knights』!
何度も写真や映像で見てきたが、本物をこれだけ近くで見るのは初めてだった。
勿論見た事がないと言うのは幸せな事だ。
事の発端は19年前。
突然姿を現した異星人と『Knights』の大軍は、世界を侵略し始めた。
世界の国々はそれに対抗する為、現存するあらゆる兵器を投入した。
しかし、エネルギー切れを起こす事無く戦い続ける事ができる『コア』。
そして鋼鉄を紙切れの如く斬り裂く『光の剣』、如何なる兵器をも防御する『光の盾』を持つ『Knights』には、それまでの兵器では対抗しようがなかった。
そこで人間は、何とか捕獲した『Knights』を解析、研究し、不完全ながらも人工的に『Knights』を生み出した。
皮肉な事に、世界は初めて一丸となった。
数で勝る人間は次第に形勢を逆転して行く。
四年後、次々に新しい『Knights』を開発し、協力し合った全人類はようやく異星人とその『Knights』を撃退する事ができた。
世界は侵略から逃れ、人は平和の喜びに打ち震えた。
だが、世界には自らが生み出した兵器『Knights』が蔓延していた。
やがて国と国は戦争を始めた。
一つ、また一つ、国がその機能を失っていく。
とうとう最後に残った二つの国が同時に倒れた。
法律という盾を失った人は、ただひたすら生きる為に狂い始める。
能力主義から暴力主義へ、世界が変わるのに時間は要らなかった。
誰もが知っている話だ。
ガキィン!!
銀の騎士がその一回り大きい『Knights』から剣を引き抜き、飛び上がる。
ウヴゥヴゥゥゥン・・
唸り声のような音を体中から発し、緑色に光る粒子を右肩から噴出させながら魔獣が崩れて行く。
空中で一回転する『Knights』から幾つもの銃声。
魔獣が地に倒れた。
ビルの裏側の一般駐車場に、巨体が沈む。
アスファルトが陥没し埃が視界を覆った。
「なんで、こんな所で戦争やってるんだよ・・」
浄介が銀の『Knights』を睨み付ける。
温厚な友人にしては珍しく、ギリギリと歯を噛み締め怒りを露わにした。
「浄介・・早く逃げるぞ」
姫流が浄介の肩に手を掛ける。
あ、ああ・・
頷き、土まみれの野菜が入った袋を握り締めた。
バンッ!!
銃声。
袋の紐が切れ、地面に落ちた。袋から野菜が転がる。
「キミ達・・ここで何をしているんだ?」
すぐ近くの瓦礫の上に、肩まで伸びた黒髪に赤い軍服の女性――佐藤乃愛が銃を構え、立っていた。
「つまりキミ達は戦争孤児で、この付近の町で盗賊活動をしていたと・・そういう事でいいのかな?」
無言で、通り過ぎる無数の倒壊したビルとオレンジ色の空を横目で見る。
電柱が倒れ、車が棄てられ、大量のゴミが散乱している。
どこに行っても同じ景色。
いつもの景色だ。
・・雨、降るな・・
「どっちにしろ孤児は軍で保護しているから、軍の本部に連れて行くけど構わないね?」
どうやって逃げ出そうか・・流石に家出して盗賊やってんのが親にバレたらまずい。
チャイルドロックの掛かった助手席のドアを見ながら、姫流は車内から逃げ出す策を講じた。
ふぅ、と運転席の乃愛が溜め息。
「桐斗、そっちはどう?」
運転席と助手席の間の鉄の扉は開けっ放しで、風通しのいいコンテナの中の様子がよく分かる。
銀の『Knights』エル・ヴェグスダと、下を向いたままの浄介と子供達。
カチャカチャとショットガンに弾を詰める桐斗。
「ん?・・ああ、こいつで最後だな。他の銃は整備した」
「・・話、聞いてたのか?」
ぽつ、ぽつ・・
トレーラーのフロントガラスに水滴。
降ってきたか。
姫流は再び視線を窓の外に戻す。
・・車を降りたら浄介のポケットから二人に気付かれずにナイフを取り出し、女の首に突き付け脅す。
多少強引だが、どうやってもこの方法しかないか。
問題は男の方の銃か・・子供は撃たないだろうが、相当危険だ。
できるのか・・
分の悪い計算に唇の皮を噛み締める。
「到着は夜になるよ。疲れてるだろうから、眠ったほうがいい」
脱出する手段を考えていると、乃愛から再び声を掛けられ思考を遮られる。
非常に、不愉快だ。
「・・この状況でぐっすり眠れると思うか?」
反射的に、皮肉めいた言葉が口からこぼれ出た。
今の姫流たちは警察に捕まった犯罪者。
警察などとうの昔に無くなった組織だが、状況はそれと変わらないだろう。
残念ながら俺はこの場で眠れるほど無神経ではない。
「全く、やっと口を開いたと思えば・・」
女軍人の視線を感じたが、姫流は振り向かない。
五月蝿い。何を喋ろうが俺の勝手だ。
姫流は唇の皮を浅く噛んだ。今日は唇の荒れる日だ。
ふわっ・・
刹那、頭の上に何かが置かれる。
「・・なんだよお前さっきから!うぜぇんだよ!!」
視線を運転席の乃愛に向け、不快を露わにし睨み付けた。
「・・私達は、キミの敵じゃないよ」
乃愛は柔らかく微笑む。
そして、姫流の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「な・・っ!?」
「・・私も桐斗も、キミ達を盗賊として軍に突き出す気は無いさ。戦争の原因は、私ら軍人なんだから」
始めに見た時とは比べ物にならない程優しい眼。
血の様な軍服の袖から、仄かに甘い香りがした。
「・・ちゃんと前見て、運転しろよ・・」
ふふっ、と笑い再び左手をハンドルに掛ける。
・・妙な真似しやがって・・
まぁ、盗賊として扱われないなら無理に逃げる必要も無い。・・少しの間は辛抱してやるか。
「・・雨、降るな・・」
大型のコンテナの隅で桐斗が呟いた。
天井の殆どが切断されたコンテナの中はすこし肌寒い。
浄介達は桐斗からできるだけ離れるように、しかし『Knights』が殆どのスペースを陣取っているので、
ヴェグスダを背にし桐斗から見えない位置に座った。子供達はコンテナの屋根が辛うじて残っている場所に座る。
「濡れるぞ。こっちに来たらどうだ」
「構いません」
桐斗は下を向き、自分のリボルバーに弾を補充し、手入れをし始めた。
弟の様な部下の死。
両親を死に追いやった軍人への怒り。
浄介は、他の部下達も心配する程に打ちひしがれていた。
コンテナの壁の無い部分から、横目で外の景色を見る。
通り過ぎていく倒壊したビルの群れの中に、小さい公園を見つけた。
抉れた砂場。切れ落ちたブランコ。鉄の塊と化した滑り台。
(―――そうか、浄介は野球選手になりたいのか・・父さんと一緒だな)
浄介は無意識の内に、コンテナの中の騎士―――エル・ヴェグスダの頭部を拳で殴っていた。
何回も、何回も。
右手から血が噴き出し、銀の装甲が赤く濡れていく。
ぽつ、ぽつ・・
雨が、浄介を濡らし始めた。
「殴るなら、俺を殴れ。ソイツに命令してるのは俺達だ」
はっ。
我に返り、マシンガンのマガジンに弾丸を補充している桐斗に顔を向ける。
「好きなだけ殴るといい」
くっ・・
手が勝手に握り拳を作り、『Knights』の操縦士の元へ歩く。
ダークブラウンの軍服の男は銃を置いた。
中指をクイクイと動かし、『来い』とサインする。
「・・貴方が俺の親を殺したんですか?」
表情に憤怒の色が浮かぶ。更に手に力を込める。
「さあね。俺も、いつ何処で誰の親を殺したか分からない」
顔も上げず喋り、男はマシンガンにマガジンを挿入。次にショットガンを手に取った。
バレルを真ん中から二つに折り、専用の弾をセットし始める。
「殴る気が無いなら、そこで座ってた方がいい。雨は防げる」
浄介は再びはっ、となって桐斗を見た。
全てを達観したような、悲観したような・・そんな悲しい眼が、男の散弾銃に向けられていた。
少年は、その場に折れるように膝を付いた。
「桐斗、そっちはどう?」
姫流から何も聞けず困っているらしく、前の運転席から乃愛が声を掛けてくる。
「ん?・・ああ、こいつで最後だな。他の銃は整備した」
何も聞かなかった風を装い、とぼけた返答。
「・・話、聞いてたのか?」
呆れた顔を再び前に向け、運転に集中する。
ふっ。
桐斗が鼻で笑った。
「あの・・」
「ん?」
ショットガンに最後の弾を詰めて脇に置き、顔を上げる。
「・・『Knights』、殴ってしまってすいませんでした・・」
キィッ・・
巨大な横長の建物の前に、トレーラーが停まる。
「着いたのか・・」
瞼を無理矢理こじ開け、傾いた頭を持ち上げた。
色々な事があり、結局疲労によって睡眠を取らざるを得なかった自分に軽く腹が立つ。
「お疲れ様。降りるよ」
その位はガキでも分かる。
エンジンを止め、鍵を引き抜き、運転席と助手席の間の扉からコンテナに入る乃愛。
どうやら後ろのガキ共を起こしに行ったらしい。ガキ共の眠気たっぷりな声が聞こえてきた。
チャイルドロックが解除されてるのか、取っ手を引くと手応えがあった。
そのままドアを開き飛び降りる。
「・・これが軍の駐屯地か」
潮の匂いがする。海が近い。
時間的に真夜中のはずだが、明るい。
広大な面積を持つ軍の拠点。そのほとんどのスペースを電灯が照らしている。
目の前の建物が、一番重要な本拠地だろう。7階・・8階立てか。
4階から上は電気が付いていない。使われてはいないのか。
よく見るとその後ろにも同じ大きさの建物がある。
そちらは所々に被爆していて、使用できる状態ではないだろう。
遠くに倉庫が六棟。本部よりは小さいものの、一つが大きい駅並みの大きさはありそうだ。
海が近いと言う事は更に向こうに港があるのだろう。ここからではそこまでは見えないが。
何より拠点にするだけあって、損傷が少ない。
所々に修復の後があるがそれでも生活になんの差し支えも無いだろう。
門の入り口には『艦船補給処』との文字。
つまり、ここの本来の目的は艦船や航空機や『Knights』等の保管場所だ。
それでもここを本部と定めるならば、元々あった本部や支部はとうの昔に壊滅しているのだろう。
「おーい、行くぞ姫流!」
浄介の声。振り向くと、既に桐斗と乃愛の後に続き移動する準備を整えた浄介達が居た。
手には食料の入った袋が握られている。これは徴収されるんだろうな。
自動ドアが開き、損傷の少ないフロアに足を踏み入れる。
煌々と照り輝く蛍光灯。
水力発電所が近くにあるのだろう、ここは電力が行き届いている。
久しぶりに人工の光を見た。
「すげえ!夜なのに明るいぞ!」
「電気だよ!お前知らないのか!?」
7年かそれ以上電気とは無縁の生活を送ってきた子供達が、一斉にはしゃぎ出した。
自動ドアを何回も開け閉めしてその度驚いている。
うるさいぞ。そんな無茶苦茶に騒ぐほど珍しい物か。
「お前達、ここは軍の施設だぞ!静かにしないか!」
浄介が子供達を叱り付け、歩かせようとする。
子供達はそれでもきょろきょろとあちこちを見回し、はしゃぐのを止めようとしない。
「こら・・!」
「構わないさ。どうせ聞こえはしない」
黒いジーンズのポケットに手を突っ込み歩く桐斗。
「ですけど・・」
「ここだ」
桐斗達の後に付いて無人の受付を通り過ぎる。
長い廊下を歩くと、二人と同じ軍服を着た軍人と何回かすれ違った。
そして『待合室』と札のある部屋の前で立ち止まる。
がっしりとした手がノブを回した。
あまり大きくない部屋の中には、革張りのソファーにガラスのテーブル。
使われていないテレビにビデオデッキ、エアコンなど様々な電気器具が完備されていた。
奥にはキッチンがあるようだがここからでは良く見えない。
すげえすげえと再び子供達が騒ぎ出し、部屋中を漁り始めた。
リモコンの『電源』と書かれたボタンを押すと、テレビの画面にザーザーとモノトーンの砂嵐が写る。
1、2、3と順番に12個の番号の書かれたボタンを叩くが、一向に画面は変わらない。
「俺達は任務の報告がある。悪いが、少しの間ここで待っててくれ」
ドア付近に立つ桐斗が、そのままぶっきら棒に言い残して出て行く。
「一応持て成しはするよう人を呼んでおいたから、何か不自由したらそれに言ってくれ」
続く乃愛。
このガキ共に大変不自由してるんだがどうにかしてくれないか。
嘆きは届かずドアを閉められ、この空間には姫流と浄介他数名が残された。
立っていてもしょうがないので、ソファーに深く腰を下ろし足を組む。
テーブルを挟んで反対側に浄介が座るが、顔にはいつもの覇気がない。
そういえば車から降りた時からこんな顔をしていたな。
「すごいっス!暖かい風が出てくるっス!!」
子供達の興味はテレビから石油ストーブに移っていた。
2メートルほど離れた場所にあるストーブから、熱風がモロに頬に当たる。
どいつもこいつも・・
窓の外は真っ暗なのに部屋の中が光に包まれている感覚は、何ヶ月ぶりだが嫌いじゃない。
柔らかい座り心地が、まだ眠気が完全に抜けてない頭をいい具合に刺激した。
「・・LK-03の撃破と孤児の保護。よくやってくれた。朝羽少佐、佐藤大尉」
決して綺麗とは言えない軍服に無精髭の生えた厳つい顔は、まるで工事現場の親父と言った感じだ。
だが、その眼光から溢れ絶える事を止まない正義感は、やはりこの人をここまで登り積ませたのだろう。
梶原(かじわら)司令官。現在「Knight」58機を率いる軍のトップ。
とは言っても軍に命令を与える機関が既に存在しないので、今は梶原司令の下で荒れた世界の為の慈善活動をしている。
「しかし司令、『ハルカトウヤ』についての手掛かりは・・」
乃愛が一歩前に出て、任務の未完を強調しようとする。
そう、あくまで今回の任務の目的はLK-03でも孤児でもない。『ハルカトウヤ』と言う組織についてだ。
「問題ない。手掛かりはこちらで手に入れた。よって、君達には次の任務に就いてもらう」
間髪入れず返ってくる回答。
こちらの聞きたい事を察知し即座に返答する機転と頭の回転。
『Knights』に乗ったら相当な腕だろう。
「はい」乃愛と返事のタイミングが被る。
司令が、何十年も前に出版された大判の本――この辺りの界隈の地図を広げ、大理石模様のデスクに広げる。
その八十一、二ページには、今は無き住宅街やオフィス街、国立公園、河川等が書き記されていた。
そして二つのページの丁度真ん中辺りに記された赤い印を指差した。
「一昨日、この駅へ白木小隊が向かったのは知っているな?」
無言で頷く。
「所が任務終了時刻になっても誰一人帰らず、こちらからの電報も音沙汰無い。
よって、偵察部隊を忍ばせた」
「・・まさか!?」
・・ビンゴか。
4年前の戦争終結後、暴徒、賊の鎮圧や戦争孤児の救済など様々な活動をしている国軍。
盗賊による『Knights』を用いた強盗が相次ぐようになったお陰で、当然その任務には『Knights』が用いられる事が数多い。
そんな中、最近になって急に現れた組織が『ハルカトウヤ』。
彼らは異様なまでに捨身かつ巧みな集団行動によって、軍所属の人間や『Knights』をターゲットに、妨害や破壊などを繰り返し始めた。
操縦士は誰もが戦争を生き抜いた腕前な事は確かであり、また『Knights』は戦車や戦闘機に劣る事はまずない。生身の人間などもっての他だ。
しかし、ハルカトウヤに狩られた『Knights』は現時点で6機。
これが現実だ。
「敵の目的はよく分からない。・・だが、放っておいては害になる。
よって明日、この指示書の通りに動き現地に向かい、目標を速やかに排除して貰いたい」
司令が自分のデスクから一枚の紙を取り出した。
そして桐斗に手渡す。
何度も何度も鉛筆で書き消しを繰り返した跡が目立つ。
「了解しました」
紙一枚ですら使い回さなければいけない状況。
何故、世界はこんな事になってしまったのだろう。
「きっりっとっさぁーーーんっ!!」
バタン!
騒々しく開け放たれたドアの金具がキィキィと余韻を残す。
テレビの砂嵐に興味津々のガキ共と、浄介がそちらに目を向けた。
「あれ、桐斗さん?いない?」
湯飲みとお茶菓子を何個も載せた丸いお盆を片手に、翡翠色の長い髪の女の子――冴島瑠歌(さえじまるか)が不満そうな表情を見せる。
丁度夢の世界に入った所だった姫流が、自分と同年代風の侵入者をジロリと睨み付けた。
趣味の悪い髪色に、浴衣よりもっと簡素な和服に近い部屋着。
センスが皆目理解できない。
そもそも何でこんなのに睡眠を邪魔されなきゃいけないんだ。
「うっせえな・・何だよお前は」
折角ガキが大人しくなってきたのにまた掻き回されるなんて冗談じゃない。
連発する騒々しさにうんざりしながら、姫流が悪態をつく。
女がその言葉にピクリと反応し、姫流の座っているソファーに向かってずんずんと歩いてくる。
「別に君に用があって来たんじゃないんだけど。ねえ、桐斗さんどこ行ったの?」
癇に障る女だ・・
「覚えてないな」
目を閉じたまま、見向きもせずに言い放つ。
「覚えてないですって!?知ってるのね!」
「覚えてないな」
「うーっ!お茶なんか持ってくるんじゃなかった!」
そういえば女の持ってるお盆には湯飲みと茶菓子が載ってたが、俺達の為に運んできたのか。それは大変ありがたい。
瞼を開き、手を伸ばせば届く距離にある女の持つ盆に手を伸ばす。
「あっ!」
完全に不意を付いた姫流の左手は、瑠歌から簡単にお盆を奪い取った。
湯飲みからお茶が少しこぼれてお盆に水溜りを作る。ああ勿体無い。
「ご苦労。もう帰っていいぞ」
「こら!返せよぉぉー!!」
瑠歌がお盆を必死に取り返そうと手を伸ばすが、姫流はそれをひょいっと右手に回し、
「ガキ共、この子が俺達の為にお茶を炒れてきてくれたそうだ。珍しいから飲んどけ」
次の瞬間子供達が一斉に群がり、獣の様に湯飲みを奪いに群がった。
瑠歌の眼がうっすらと潤み、
「馬鹿ーーーーーーっ!!司令に言いつけてやる!!」
捨て台詞を残し、現れた時と同様に騒々しく部屋を出て行った。
やはり女は馬鹿だ。
「やりすぎじゃないのか・・?」
正面で一部始終を見ていた浄介が、この部屋に入ってから初めて喋る。
「ちゃんと聞かれた質問にも答えたし、俺達の為に炒れてきたお茶も仲良く美味しく飲んだ。俺に非はない」
お盆をテーブルに置き、残った三つの湯飲みの内二つを手に取り、片方を浄介に渡した。
すると、お盆の上に一枚の小さいメモ用紙がある事に気付く。
「何て書いてあるんだ?」
メモ用紙は零れたお茶で濡れていたが、『204、205、206』という数字と、
『明朝8時半に301号室の司令室に集合』という文字が読み取れた。
「どうやら俺達に宿泊用の部屋に移動して寝ろ。という事らしい」
つまりあの女が乃愛の言った使い人らしい。
見事に役目を果たさず帰って行った訳だ。
「まあ、飲んだら適当に移動するぞ浄介」
ああ・・
気の無い返事を返し、お茶を一口分口に含んで飲み込み、
「姫流、部屋に行ったら話があるんだ・・」
建物の外に並ぶ六棟の倉庫の内の一つ。『Knights』整備庫B。
軍の倉庫としては破格の大きさのそれの内装は完全に『Knights』の整備の為だけに改造されていた。
何機もの『Knights』を同時にメンテナンス可能なように、壁には専用のホルダーと機材が所狭しと配置されている。
その東側中央のホルダーにエル・ヴェグスダが収容されていた。
「左爪先の装甲が3センチほど欠けていますが、修理しますか?」
三階の足場は操縦士が『Knights』全体をチェックできる様にしっかりと整備されている。
「損傷の内には入らない。そんな所に工士<クレリック>一機使うなら他の『Knights』に回してやってくれ」
桐斗はその足場から答える。
「パイルバンカーを右腕に装備、後はこの前と一緒でお願いね」
ヴェグスダの右隣の『Knights』の整備士に指示を出すのは赤い軍服を着た士官、乃愛だ。
機体番号HK-21『ヴィス・トスス』。
第二次騎士戦争の末期に生産された、量産型の『Knights』。
『Knights』には主に機動力を重視したエル・ヴェグスダの様なタイプと、装甲と安定性、重装備を売りとしたヴィス・トススの様なタイプが存在する。
乃愛が駆るのは、真っ赤に染められたヴィス・トススの初期型フレーム。
その装備は盾士<パラディン>コア『牡丹一華』。
騎士<ナイト>コアと正反対の左腕に装備するその光球は、起動と同時に機体を殆ど包み込む程の巨大な盾を展開し自機へのダメージ大幅に遮断する。
オリジナルの盾士<パラディン>コアは全てを切り裂くオリジナル騎士<ナイト>の剣でさえも防御可能だ。
しかしレプリカである『牡丹一華』やその他の盾士<パラディン>コアの盾は実弾やミサイル、レプリカ<ナイト>コアの斬撃こそ防御可能だが、
オリジナルの剣や光学兵器の前には何秒と持たず貫かれてしまう。
だが、光学兵器を持たないレプリカ『Knights』同士での戦闘ならその防御力は折り紙付きである。
本人曰く、「機体を目立つ色に染めればその分敵から攻撃される。そしてその分味方の被害が減る」
現に、乃愛のヴィス・トススが一機居るだけで他の味方へのダメージが確実に何割か軽減されている。
命を奪い合う戦場で命を守る乃愛の仕事は、ただひたすら破壊するだけの俺は真似できない。
右腕に『Knights』用のパイルバンカーを装着し、一通りのメンテナンスを終えたヴィス・トススを一望した後、乃愛がこっちに歩いてくる。
「お疲れさん。桐斗もメンテ終わったら早く寝なよ」
「ああ。そうだな」
そのまま桐斗の脇を通り過ぎ、倉庫の端のステンレスの螺旋階段へ向かう。
が、ふと立ち止まり振り返って、口を開く。
「姫流だよね、あのツンツンした子。・・あの子だけ表情が他の子とは違う・・孤児じゃあないね」
「だろうな。投降した時も本部に到着した時も、周囲をよく観察していた。逃げる算段でもしていたんだろう」
「気付いてたの?」
「見れば分かる」
流石、と乃愛が口の端だけで微かに笑い、再び桐斗の横に、フェンスに肘を掛けて声を潜める。
「桐斗・・四菱って知ってる?」
四菱・・
十数年前の巨大な財閥だ。
国同士の戦争を予期し、何年分の国家予算にも相当する資産を全て投げ打ち、
食料や物資の保管、地下での人工栽培所や研究所から工場の製造、水力発電所建設など、
ありとあらゆる設備を現在も稼動し続け、戦前と変わらない華やかな生活を送っている組織。
「一応は、な」
「司令の思想に共感し、軍<うち>の活動を支えてくれている組織、四菱財閥・・」
「・・四菱姫流か。何もかもを持っている財閥の跡取りだ。・・敵は多いぞ」
「ここに連れてきたのは失敗だった?」
整備士がヴェグスダの動作チェックを終え、こちらにサインを出してきた。
桐斗が左手の親指をクイッと入り口に向けると、専属の整備士は何も言わずに用具を纏め、各々解散する。手馴れた物だ。
メンテナンスを終えたパイロットと整備士が徐々に本部へ引き上げ始め、『Knights』を照らす蛍光灯が次々と消えていく。
「失敗ではないな。どの位家出していたのかは分からないが、今まで生きて来れたのが奇跡だっただけだ」
「・・そうだね」
ふぅ・・
溜まった息を吐き出し、フェンスを背にしようと体勢を入れ替える。
「明日、どっちにしろ家族の居るあの子は司令の判断で護送される事になる。だけどあの子の能力があれば逃げる事は容易いだろうね」
「護衛を増やす・・か?それであの子が嬉しがるとも思えないが」
「でもそうしなきゃ、救えたかも知れない子供が大人に殺されていくんだよ・・見捨てる事はできない」
結局、司令室に急ぎ向かった乃愛に数刻遅れて倉庫を出る。
ふと見上げると濃青色の空には、銀色の三日月と満点の星々が吸い込まれそうな程に照り輝いていた。
いくら護衛を増やしても、あいつは逃げ出すだろうな。
ダークブラウンの制服の胸ポケットに入っている金属製のオイルライターを取り出し、手の平で転がしながら、
本部までの短い道程をゆっくりと歩いていった。
「何・・!?本当なのか、それは?」
「ああ・・」
204号室。
他の部屋は二段ベッドが二つと簡素な作りに対し、シングルベッドが二つとシャワールームの完備。
当然、この部屋には俺と浄介が寝る事になる。指示した人間がそれを予測して選んだのだとしたら・・
「ここに来る途中、桐斗さんが教えてくれたんだ。・・それで俺、色々考えた結果・・」
「ガキ共と、軍の孤児院に入る事にした訳だ」
「・・まだ、分からないんだ」
ベッドの脇のテーブルに置いたコーヒーカップを傾け、中の液体を胃に流し込む。
隣のベッドに腰を掛けた浄介が、物憂鬱気な顔で溜め息を吐く。
「院には既に何十何百人の孤児が居るらしい・・質素だが今の俺達よりはまともな食事にもありつける。
本当は軍になんか下りたくはない。・・けど、もう誰も死なせたくないんだ・・」
「そうか」
何年も洗濯していない掛け布団に、仰向けに横になる。
ギシギシと木製のフレームが音を立てて軋んだ。
「姫流は、親父さんの所に帰った方がいい。きっと心配して」「イヤだね」
強い怒気を秘めた声で、浄介の言葉を遮断する。
「言うと思ったよ・・」
「お前の親父と俺の親父は違うんだ」
親友が困惑の表情をベッドに沈め、大きく溜め息を吐く。
「そうでもないと思うんだけどな」
家には戻る気はない。
戻らないからと言って、俺はここに残る事はできない。
俺がここから脱出する為には家出中の身だと言う事を明かさなければならないか。
できれば今逃げ出したい所だが、待合室に居た時も今もずっと警備員が懸命に見張っている。
当然軍の本部なのだから見張りが居ない事は有り得ないだろうが。
「・・寝たのか?」
隣のベッドからは微かに寝息が聞こえてきた。
張り詰めた緊張の糸が解れたのだろうか。
「・・明日か」
とりあえず家までの道程でしか脱走のチャンスはない。ならば今日はしっかり睡眠を取らなければ。
姫流は瞼を閉じ、全ての思考を打ち切った。
午前八時三分。
画面に亀裂の入った目覚まし時計に叩き起こされ、先日あの女が持ってきたメモの部屋に俺達は向かった。
窓からは陽光が差し込み、外の陽の光とは無縁に思える世界が明るく照らされる。
そんな献身的なまでの太陽の姿を見ると、過去の人間があれと神と謳ったのも多少は理解できる。
司令室に入ると、中には軍の指揮官らしい人間が三人。
俺達を待ち構えていた。
四十代程の不機嫌そうなオヤジと、隣に二十代程の笑顔が眩しい丸眼鏡。
「待っていたよ姫流君、浄介君」
そして使い古した黒い皮のソファーに座った、厳つい顔だが穏やかな眼の無精髭――梶原司令が声を掛けてくる。
はぁ・・曖昧な返事を返しつつ、眠い眼を擦る。
「この世の中を大人の手無しによく頑張って生き残ってくれた。色々辛かっただろう」
隣に立つ友人が深々と頭を下げ、続いて姫流も一応礼をする。
「だが、もう大丈夫だ。我々軍が君たちを保護しよう・・と言っても、名ばかりの小さい組織だがね」
「・・あの!」
浄介が会話を遮る。
不快を露わにし、不機嫌そうなオヤジが睨み付けてきた。
「あぁ!?何だガキ!」
「辞めんか、石倉!・・続けてくれ」
石倉と呼ばれた男がクッ、と押し黙る。
いきなりのオヤジの乱入で一瞬怯んだ浄介が、再び口を開く。
「本当に無償で保護して貰えるんですか!?子供達に労働を強制したりとか、そんなのは無いんですか?」
非常に強い剣幕で、条件を再確認しようとする。
無理も無い。
今まで奪い合ってでも足りなかった食料や、とうの昔に無くした電気のある生活がいきなり手に入るのだ。裏があると思わないほうがおかしい。
「ふっ・・」
梶原司令が、思ったよりも静かに一笑した。
「この廃れた世界を否が応でも担うのは、君達若者なのだ。
我々大人はすぐに死んでいく。世界が再建される前にな。
そして、残念ながら我々は自分達の責任を君達に尻拭いさせなくてはならない・・我々には君達を保護する義務があるのだよ。」
穏やかな双眼の内に秘めた強い正義感、責任感、使命感。
・・この男は、本気でそんな事を思っていたのか・・!
姫流は唖然とした。
この世界で、これ程までに確固たる正しい信念を持った男は初めてだ。
「分かってもらえたかな?若者達よ」
少年達の硬直と同様を悟ったのか、梶原が声を掛けてきた。
浄介の顔が引き締まる。そして意を決し、
「我々を保護して下さい。お願いします!」
「無論だ。理解してくれてありがとう、若者よ」
友人の顔にもう迷いは無かった。
ならば俺もさっさと退散しなければ。
「・・ちょっといいか?」
この空気をぶち壊すのは流石に気が引けるが、今言わないと手遅れになる。
案の定石倉って奴は凄い形相で睨み付けてくる。隣の眼鏡も眉を潜め怪訝そうな顔。
梶原司令だけは知ってか知らずか驚きもせずに、こちらに向き直った。
「俺は親まだ居るから厄介にはなれない。悪いけど、帰らせてもらうよ」
手短に言い放ち、足早に部屋を立ち去ろうとする。
「てめぇ馬鹿にしてんのか!何なんだその態度はァ!」
石倉に左手首を強く掴まれる。
「おい、石倉止めろ!」
無理矢理腕を引かれ、肩がギシギシ軋んで音を立てた。
「っ痛・・!お前・・暴力かよ?」
肩は外れちゃいないが酷く痛む。
頭で理解できず口で解決できない低能な大人は大嫌いだ。虫唾が走る。
姫流は切れ長の眼を更に鋭くさせ、睨み付けた。
「ああそうだ!敬語も使わず礼儀も知らず、テメェみてえなガキは殴られなきゃ分からねぇだろうが!!」
石倉が右手を振り上げる。
こいつ・・俺を殴る気か?馬鹿だ。幼稚すぎて話にもならない。
「ふっ、いいのか?俺が怪我したらオヤジが黙っちゃいないぞ?」
俺の親父はここの投資者だ。
俺の一言でこいつ等は皆職と居場所を失い、明日にでもその辺の浮浪者か盗賊と同じ運命に立たされるだろう。
「姫流も止めろ!そんな事したって何の特にも!」
浄介が横から口出してくる。うるさいぞ。
石倉の手がピクピク震え、止まる。
勝った。
これだから馬鹿な大人はどうしようもない。
「くくっ、そうだ!俺がチクればお前なんか明日にでもクビになってそこらのホームレスと同じ・・っぐあッ!!」
「姫流!」
背中がコンクリート剥き出しの地面に叩き付けられる。
背骨の軋む音が鼓膜に響き、右頬が沸騰した油を掛けられたように熱い。
殴った。こいつ、この俺を殴りやがった。
「がはッ・・っ、クソがあぁ!!」
浄介が肩に手を回し、助け起こそうとしてくる。
「ちょっと大佐大佐、止めた方がいいですって」
眼鏡の男が細い体に似合わず石倉の首を絞め、抑えた。
しかし頭に血が上った石倉は腕を止めようとしない。
「親の顔が見てみたいな!どう育てたらテメェみてえなガキになるんだってな!!」
「親と俺は関係ねえェェェ!!!」
ポケットの中から茶菓子に付いてたフォークを抜き取り、血管の浮き上がった馬鹿面にぶん投げた。
「っぐッ!?テメェ!!」
カッ。乾いた音を立て、やや毛の薄くなった額にフォークの先端が当たる。
刺さりはしない物の、落ちたフォークと額からは赤い液体が垂れた。
「二階堂!石倉を抑えておいてくれ!!浄介君、姫流君をこっちに!」
「了解」「はい!」
俺は友人と司令に部屋の外に引きずられていった。
司令室からはまだ、俺を罵る怒鳴り声が響いてきた。