そこそこの大きさの町だったのだろう。全てのガラスが砕け散った窓から、十数階を越えるビルがぽつぽつと見える。
その中の一つのビルの中に位置するカフェテリア。
黒い塗料が剥げて茶褐色に腐っているカウンター。レジスターは破壊され、しっかり中身は消えている。
窓際の禁煙席には木製の椅子とテーブルが所狭しと散乱し見る影も無い。
「お前は、『ハルカトウヤ』か?」
男に銃口を向け、青年は訊いた。
「ちっ、違います!わわ、私はあの方達とは何の関係もありません!」
荒れて埃の積もったカフェのソファーに倒され狼狽するボロボロに着崩したスーツの男。顔の焦りの色が用意に見て取れる。
「知らないのならなぜ『あの方達』なんだ?」
「何!?」眼を見開き自分の失態を悟る。
が、次の瞬間男は自分の背中に手を回し、腰のベルトに差し込んであったナイフを突き出す。
青年は計算の範囲内だとばかりに一歩後すざり回避する。決して急所を狙わないように銃の引き金を引いた。
弾は男の二の腕に命中したが怯まずにナイフを振り上げてくる。
青年はほぼ朽木と化した木のテーブルを持ち上げ盾にした。衝撃。黒く加工されたサバイバルナイフが音を立てて深々とテーブルに突き立つ。
男がナイフを引き抜く前に腕を捻りそれを回転させ手からナイフを引き剥がす。
ナイフの刺さったテーブルは5メートル程離れた腐った木製のカウンターに直撃し、盛大に埃を舞い上がらせ半分ほど穴を開けて止まった。
「詳しく教えてくれないか?」
巨大な廃ビルの2階、一番南東に位置する眺めがよかったであろう凄惨に割れたガラス張りのカフェは、薬莢と埃の臭いで充満していた。
第一話―――鉄の兎と壊れた檻と白山千鳥
規模はそう大きくはねーな。
集落のある駅――昔は人口を何十万人も抱える大都市だった。
とは言え、小さいうちからそこは都市ではなくなったのであまり覚えていないが。
現在は殆どの建物は崩れ果て、辛うじて破壊から逃れた駅と周辺の廃墟がこの町で生き残った人々の生活の拠点である
――から、殆ど原型の残っていない線路沿いを一時間程度歩く。
するとそこそこの大きさの町だったのだろう、十数階を越える建物がぽつぽつと見える。
明らかにこの場所の方がボロボロの駅よりも住み心地が良さそうなのだが、人はどうしても住み慣れた土地を離れられないらしい。
「おい頭領、何ぼさっとしてんだ!」
非常階段のガラスの砕けた窓から外を眺めていた俺を、一階分上からガキがまくしたててくる。年は十五歳位か。
うるせえよ、クソガキが。
自称『神風』だとかいう盗賊団の一員らしい。
最高にセンスのないネーミングだ。
そいつに続いて、先に上っていた連中がわざわざ降りてきて睨み付けてくる。本当にガキかこいつ等は。
いっそここで殴り殺してやろうかと、しぶとく壁に掛かっている十数年前の日付の消火器を外した。
「屋上の鍵が開かないんだ、手伝ってくれーっ!」
最初の奴に狙いを定めた矢先に邪魔が入る。
ちっ・・舌打ちし、子供達を左肘で掻き分けて階段を駆け上る。
殆ど崩れ掛けたコンクリートの階段を息を切らせて駆け上がり、消火器で非常ドアのノブを叩き壊す。
「ここで間違いないな!うちの子分の食料を奪った賊の拠点は」
「はい、目撃者が居ました!」
扉を蹴り開けた先には灰色の空が広がる。10階建てのビルの屋上
次々と階段を駆け上がり、低いビルの屋上から隣の巨大なビルを見上げる数にして15人の少年達。
「おい姫流!指示を出してくれ!」
少年達が一番後ろから悠々と登ってきた少年の方を向く。
「あぁ?・・あ〜・・年長者からテキトーに音立てずに進入。これで満足か?」
肩まで伸びた黒髪を後ろで束ね、釣り目の少年―――四菱姫流(よつびしひめる)は気だるそうに答えた。
「おい頭領!ちゃんと考えてんのかよ!」
「しっかりしてくれよ!」
「やる気あんのか頭領!」
少年達のまくし立てる声
「・・・おい姫流、ホントに大丈夫なのか?」
姫流の元に歩み寄ってくる副頭領―――仲村浄介(なかむらじょうすけ)。
人付き合いの悪い姫流の昔からのただ一人の友達である。
戦争で両親を亡くし、以来ずっとこうして盗賊まがいの活動をしている。
「あー」
面倒臭そうに、
「さっき一階チラ見した時明らかに外部の人間が入った後があった。
足跡が2つだったからよっぽど自信のあるハンターかそこらじゃねーのか?
後から共倒れなり片方倒れてから残った方を判断して食料と武器を頂く」
そこまで観察して、判断してたのか。
浄介は呆気に取られたが子分達の不安げな視線を感じてすぐ我を取り戻し、
「よし、この作戦で行くぜ。慎重に歩けよ!」
先陣を切って、無残に割れている窓ガラスの一つからビルに侵入した。
「流石に賊も馬鹿じゃないな。高い所には登らないか」
所々に白骨死体やら空き缶やカップ麺のパックが転がっているが、
どれも何年も前の日付だ。やはりこの階で人が生活している気配はない。
五階。元電子部品メーカーの事務所。
まぁこんな場所を溜まり場にしたくはないな。
「どういう事だ?姫流」
浄介が疑問だらけの顔を向ける。
「俺が隠れるなら地下からせいぜい地上付近の階だ。それ以外は避難がしにくく行動が取りにくい。
そんで盗んだ物の移動もだるい。このビルなら二、三階の飲食街か地下の駐車場だな」
おお、なるほど。副頭領はぽんを手を叩き、
「やっぱお前を頭領にして正解だったぜ!」
と笑顔を見せる。
このぐらいは言わないでも分かって欲しいんだが。
「んじゃ皆!非常階段から三階に下りるぞ!声立てるなよー!」
浄介が指示を出し、先頭に立って勇ましく降りて行く。
(―――久しぶりだな姫流!どうしたんだ?こんな所に来るなんて)
(―――さっすが頭の良さは昔からだなぁ。お前が仲間になってくれて助かるぜ!)
(―――なぁ、お前が頭領やらないか?俺より全然皆を引っ張れそうだ!)
・・どっちが頭領だか。
そもそもここまで深く関わる気は無かったのに。
友人の大変思慮深い決定に盛大なため息を吐き、姫流はずるずると部下の後に続き階段を下りた。
「桐斗、手掛かりは見つかった?」
三階の飲食街から下の階に降りる為には二つの方法がある。
非常階段と停止したエスカレーター。
もう一つ中央に巨大なエレベーターがあるのだが、当然ながら電力など供給されていないので動く事は無い。
流石にエスカレーターから降りるのは人目に付くので非常階段の方へ向かうと、
案の定、赤い軍服に身を包んだ女性が青年を待っていた。
―――佐藤乃愛(さとうのあ)。肩まで伸びた黒く艶のある髪に、彼女の象徴の赤い軍服。
階級は中尉。戦時中に顔を合わせた事はなかったが、今はこうして共同任務に付く事が多い。
青年―――朝羽桐斗(あさばねきりと)は首を横に振る。
「ここではない事は分かったよ。だがこいつ等の頭領が多少なり関わりがあるらしい。」
「なるほどね。私の方も情報を手に入れたよ。」
そう言って、今時珍しい輪ゴムで結わえられた一枚の紙を投げ渡してくる。
「これは何だ」
桐斗は訝しげに輪ゴムを解き紙を広げる。
こいつは・・
そこには中世の騎士を思わせる巨大な物体が描かれていた。
「これは、『Knights』か・・」
「だね。・・しかもそのフレーム、軍の試作機だ。全部で十二機しか製造されなかった大型フレーム。
機体番号LK-03『ヘル・テルタエス』・・重量オーバーでメインコアだけじゃ動作しなかった失敗作か。」
設計図をよく見てみると、そこには胸、右腕、右肩に合計三つの円が赤いペンで描かれていた。
「・・破壊するぞ」
設計図を握り潰し、切れ長の目を鋭くさせ立ち上がる。
「ええ、まあ動かないにしろ破壊した方がいいけど」
三階の非常口からも一階のエントランスが一望できる。巨大な吹き抜けだ。
二階三階は調べ尽くし、待機していた殆どの賊は倒し一箇所に縛り付けた。
しかしこいつらの親玉は未だ見つかっていない。
ビルの殆どのスペースが観賞用に使われていた一階にはそいつを隠す場所なんてあるはずがない。
残りは・・
「地下駐車場だ。乃愛、『Knights』を使う」
そう言って身長182センチの桐斗が着てもぶかぶかなダークブラウンの軍服を靡かせ、一階分が二十四段ある非常階段を三歩で駆け下りた。
「見て下さいよ頭領!食料っスよ!」
両手いっぱいに大小様々なビニール製の袋を抱え込んだ少年が姫流の視界に執拗に入り込んでくる。
「肉っスよ肉!!小麦粉も豆もジャガイモも・・あ!こっちは塩だぁ!」
「うるせえよチビ。さっさと一纏めにして縛り付けろ」
騒ぎを聞きつけて賊が現れたらお前らじゃ勝てねえぞ。
怒気を露わにする姫流だが、最年少の少年は聞く耳も持たず、
「あっちにも袋があるっス!」
このビルの飲食街で唯一財布に優しかったであろうファミリーレストランの厨房を駆けずり回る。
クズが・・
よく見ると他の少年達も今までに無い大収穫に歓喜狂乱している。
ここは敵地だぞ・・このガキ共は一回死ななきゃ分からないのか。
天井からぶら下がっている鉄パイプで片っ端から頭ぶん殴ってやれば少しは状況を理解するだろうか。
「よし皆!賊は居ない!食料も奪った!今のうちにさっさと逃げるぞ!」
浄介が、元々は壁だったコンクリートの倒壊から唯一生き残ったカウンター席から立ち上がり、退却の指示を出す。
一人、二人と体中あちこちにビニール袋を結わえ付けた少年達が、だらだらと喋りながら集合していく。
その統一性の無さに無償に腹が立ってきて、つい先ほどの鉄パイプを眺める。
「あれ、太一と卓と庄司がいないぞ?」
やっとその場に居た少年達が集合したと思った矢先に、若い少年が仲間が足りない事に気付く。
「何!?三人はどこに行った!」
「分からないっス!」
くそ、全員で探せ!
慌てふためく自分の部下達を横目に左手で消火器を弄りながら、紙袋から干し肉を一枚取り出しクチャクチャと咀嚼する。
塩味が強すぎるな・・肉も悪い。最悪だ。
正直姫流にとってこの少年達がどこで何人死のうとどうでもよかった。
ただ暇な生活に丁度いいスリルとストレス解消が欲しかったし、昔なじみの浄介に飢えで死なれるのはバツが悪い。
浄介が副頭領じゃなかったらこんなガキ共全員蹴り倒すのだが。
「あいつら!下の階に行ったって!?」
レストランと廊下を挟んだ反対側のカフェから、浄介の怒鳴り声が聞こえてくる。
間の二つの壁とガラスは見事に倒壊してるので聞き取りやすい。
「はい、俺たちがもっと凄いものを見つけてやる。って言ってたのをチビが聞いたらしいです!」
「あの馬鹿・・皆は先に出てろ!俺が探しに行く!」
律儀な副頭領が壊れた壁を跳躍し廊下に着地、全速力で五十メートルほど向こうにある非常階段から駆け下りていった。
お前も馬鹿野郎だ。何で探しに行くんだよ。
姫流が二枚目の干し肉を齧りながらようやく席を立つ。
すると残された少年達も我先にと非常階段へ駆け込んで行く。
「副頭領!俺たちも行きます!」
「副頭領!!」
お前らもかよ・・くそ!面倒掛けさせやがって!!
黄昏の光が、所々崩れ落ちた天井の穴からうっすらと降り注ぐ。
それは少しだけ幻想的で、やはり悲惨な戦争の爪痕であった。
広い駐車場の面積はビルのフロアの何倍にも及ぶ。
地面から雑草の生えたコンクリートには何かの骨らしき白い物体があちこちに転がっている。
中には辛うじてそれと理解できるほど砕け散った、小さめの頭蓋骨も幾つかあった。
殆どの乗用車は何かの下敷きか互いにぶつかり合って廃車になっているが、たまに無傷な奴も既にガソリンは抜かれて動かないだろう。
パイプやらチューブやら様々な物が垂れ下がった狭苦しい非常階段。そこから這い出ると、桐斗は肩に掛けたショットガンを片手で構える。
さっ、と近くの青い車の陰に潜み、散弾銃と腰のリボルバーの残弾を確認する。
リボルバーに一発だけ、黄色に輝く先端の弾丸を挿入し、「やっと目が慣れてきたか・・」車の間を縫い、調査を開始した。
天井の穴から多少光が差し込んでいてもやはり地下だ、目を凝らさないと遠くまでは見えない。
100メートルほど先の駐車場の奥には閉ざされた巨大な金属の扉のような物がようやく確認できる。
恐らくは商品の搬入の為の入り口だろう。やはり周辺には業者の物と思われる大型のトラックが幾つも固まって停まっている。
更に接近してみると、そこでようやく大型のトラックが白線を無視して、ある物は直角に、ある物は斜めに意図的に駐車している事が分かった。
生じる違和感。
・・何かを隠しているのか・・?
桐斗は足跡を立てないように少しずつトラックの群れに近づいて行き、フロントガラスからその向こうに存在する物体を確認した。
ビニールシートに覆われた、大型トレーラー・・
ここまで来ればその中身は想像するに容易い。
「03・・!」
パァッ
目の前のトラックが急に明るくなる。
背後からの、強い光。
「何!?」
軍から奪われた大型戦闘兵器をどう破壊するか。
それだけに思考が集中し、桐斗からいつもの糸の張った緊張感が一瞬だけ解れ、
それが背後からの何者かの接近を許してしまった。
ちっ・・
二分の一秒でその場から右に転がり背中に感じる存在の方を振り返り散弾銃を構える。
敵に背後を付かれ確実に攻撃を食らう状態。
生身の格闘戦が得意ではない桐斗は、彼の師の教えを半ば本能で忠実に実行した。
「まだ見つかんねーのかあのガキ共は!!」
二回を探索し終え、、一階のビルのエレベーターホール、エントランスホールを探す姫流達。
「おい浄介!ここが危険なのがわかんねーのか!」
「分かってる!だから皆先に戻ってくれ!」
この馬鹿が・・頭の中どうなってやがんだ!
上の階では大量の賊が気絶させられ、柱に縛り付けられていた。確実に第三者がいる。
・・が、その誰かが上に行った形跡は無い。つまり誰かは確実に下に向かったのだ。
しかも賊のボス格は気絶していた中にはいなかった。
ここから先は、確実にやばい。
「こん中に何かねーかな?」
「食料があるかもしれないぜ。やっちまえ!」
子分のガキが2人、エントランスの隅にある管理室の窓をコンクリート片で叩き割ろうとする姿が見えた。
おい馬鹿が!勝手に行動すんじゃ・・
遅い。
ガラスの割れる音が盛大にエントランスホール全体に響き渡る。
カス共が!静止も聞かず窓から勝手に中に侵入する。
後で絶対鼻面ぶん殴ってやる・・
「お前達止めろ!早く戻るんだ!」
後を追い、浄介がまだガラス片の残る窓枠から中に飛び入ろうとした。
刹那。
ビシャッ。
その頬に、勢いよく何かが跳ねる。
「ーったく、さっきからなんなんだこのガキ共はよーぉ」
小さい管理室の中から何かが崩れ落ちる音と誰かの声
「あ・・あ・・」
浄介の頬には、赤い液体がべっとりと張り付いていた。
なに・・
ガキ共はどうなった?
赤い・・血・・?
し、死んだのか?
視界の淵に何かが煌く。
あれは?
「じ、浄介っ!動けェェッ!」
浄介の体が反射的にビクッと跳ね、這うようにその場から離れようとすると、頭のすぐ上を細い物が通り過ぎた。
「おおっ、避けやがったァ!」
感心したような声を上げ、長細い『日本刀』をひょいっと引っ込めた。
細目の金髪の男が窓から顔を出し、浄介と姫流を見てニヤリと笑う。
「よーし待ってろよー。お前らも刻んでやるからなぁ」
ククッ、と喉を鳴らし顔を引っ込める。
こっちに来る。俺達を殺しに来る。
冷静になれ、俺・・冷静に・・
唇の皮を噛み、右手を額に当てる。そこで初めて手が震えている事が分かった。
くそっ、どうする・・どうやってこの場を乗り切る・・?じょ、情報を!
周りを見渡す。三人減ってまた二人減って、残りは俺入れて九人。
俺と浄介以外は喧嘩も満足にできそうもない子供だけ。
俺は鍵を開けるのに使った消火器、他の奴は食料の袋と電池や燃料。燃料・・?いや、発火装置が無い。これは使えない。
そこら中コンクリート片だらけ。ホールには壊れたエレベーターとエスカレーター。
中央にオブジェとその周りに人工の池。ざっと小さい部屋一個分。
武器は浄介のフォールディングナイフ一本。刀相手にナイフで勝てる筈が無い。
ならば20メートルほど離れた入り口から逃げる・・
いや駄目だ、入り口付近は物が崩れすぎてて逃げるには厳しすぎる。
裏口は・・50メートルはある。遠すぎる。
どうせ浄介の事だから最後尾の奴に合わせて走るだろう。あの馬鹿が・・
くそ、ならば・・
「浄介!お前が前に出ろ!」
刀を避けたそのままの態勢で床に座っていた浄介が、首をこちらに回しカクカクと頷く。
わなわなと震える手でジーンズのポケットからナイフを取り出す。
ゆっくりと立ち上がるが、今にも抜き身のナイフを取り落としそうだ。
「他は・・!」
「あああぁ!ブッ散らかっててまともに歩けやしねえぜ!」
ガンッ!!と男がドアを蹴り開き、ニヤリと笑った。
「おや、こんな所に誰が居ると思ったら・・貴方は軍の方ですか?」
銃口を向けた先、白髪混じりの薄い頭髪にやや猫背の壮齢の男が驚いたように手に持った光
―――懐中電灯の先を桐斗から地面へと降ろす。
攻撃の意思はないのか・・?
「あんたは、ここに住んでいるのか」
照準を男に合わせたまま尋ねる。
「ええ、そうです。すぐそこの警備室に住んでいます」
懐中電灯を駐車場の真ん中辺りに向ける。
五メートル四方程度の小さい部屋が淡い光に照らされた。
「ここで働いていたのか」
「前の会社でリストラされましてね、このビルの持ち主に拾って貰ったんです。
以来ずっとここで暮らしていまして・・」
深い皺が刻み込まれた目元からは深い疲労が伺える。
「・・まぁ、持ち主は死んじゃいましたけどね」
片膝を付いている状態から立ち上がり、銃を降ろす。
男がははっ、と頭を掻きながら欠けた前歯を見せた。
紺色だったであろう警備服は汗と埃に汚れ、悲壮感が漂う。
「戦争か」
「ええ・・戦争です」
・・俺達の責任だな。
「それを貸してくれないか?」
「これですか?ええ、どうぞ」
警備員の手から懐中電灯を受け取り、桐斗はトラックの向こうのビニールシートに顔を向けた。
こいつは、尚更破壊するしかない。
トラックの隙間を縫ってトレーラーに登る。
バァン!バァン!
足元までのびている青いシートの留め金をリボルバーで撃ち貫き、ゆっくりと引っ張り剥がしていく。
懐中電灯をソイツに向けると、茶褐色に染め上げられた金属の巨人がトレーラーを椅子にして座る姿が浮かび上がった。
でかいな・・。
両腕は太く、やけに長い。
伸ばせば足先まで届いてしまいそうだ。
全長12.5メートル。
通常の『Knightsの』縦1.5倍、横2.5倍、総重量8倍。
設計図で見た通り・・だとすれば右胸にメインコアがあるはずだ。
太いつま先を片手で掴み音も無く登り、脚、胴体とゆっくり歩いていく。
この弾丸で暫くコアの活動を止められるはずだ。
右胸部の装甲の隙間から少しだけ見える金色の球体。
直径五十センチメートルほどのそれは『Knights』の動力源である。
正式名称クリステア・トウドウ型動力制御細胞。
事の発端である最初の戦争において、異星の技術である『質量を持った』光エネルギーを無限に生み出す結晶体を解析し、
最先端の技術でほぼ正確に複製した物。
本来バッテリー等の電源の存在する部分に用いる事で稼動させる事ができる。
オリジナルの物に比べたら幾分と能力は劣るが、
それでも通常の『Knights』程の質量だったらコアの寿命まで半永久的に動作させる事ができる。
・・が、こいつのような規格外には通用しなかったか。
リボルバーを構え、シリンダーを回して黄色い先端の弾丸をセットする。
未起動のコアならこの麻酔弾でしばらく動かせない。ノアが『Knights』を持ってくる前に片が付けばそれがベストだ。
銃声のはじける音と共に弾丸が発射される。
被害はゼロ。後は賊の頭領から情報を聞き出し、輸送機を呼びコイツを本部に運ばせるだけ。
秒速183メートルで撃ち出された弾丸が、僅かコンマ0.02秒で鈍い金色の球体に突き刺さる。
閃光。
ギィン、と言う着弾音と共に眩い光が桐斗の目を晦ませる。
光・・?
僅かに右目を開けると、ソイツの胸部から眩い金色の光が放出されていた。
「・・何っ!?」
頭部・・人間の目に当たる部分がパッ、と緑色に輝く。
緑色の光・・03のメインカメラは左、右、上、そして正面の桐斗に向けられた。
「軍人さん、まだ奪い足りないのですか?」
巨人の背中に大きく突き出たランドセルのような物の上から、茶だけた紺色の警備服が見下ろしてくる。
その悲しい双眼が03の背中に消え入る。
「あんたが・・頭領かッ」
「・・ハルカトウヤ・・」
巨体が勢いよく立ち上がろうとする。
だが、天井に頭部を激しくぶつけ、一旦動きが止まった。流石に高く作ってあるが、駐車場は『Knights』用には作られてはいない。
その隙に脚部を伝って転がり落ちる。背中に衝撃。だが止まっていては踏み潰される。
「コアを三つ、同時に起動したらどうなるか知っているのか!」
巨大な右腕がコンクリートの天井を破壊し、無理矢理立ち上がる。
瓦礫が崩れ落ち桐斗に降り注ぐがトレーラーの下に滑り込み回避する。
「知りませんよ。私は何も知らない。知っているのはこの怒りだけ」
太い脚がゆっくりと持ち上がり、桐斗ごとトレーラーの荷台を踏み壊そうとした。
「機体の構造の限界を超えたコアのエネルギーは制御の範囲を超えて暴走する。早く止めろ!取り返しの付かない事になるぞ!」
鉄製の荷台が簡単にひしゃげ始めた。転がり出てトラックの隙間を縫い走る。
「取り返しなど・・取り返しなど、もう付きませんな!」
右腕、右肩、それぞれの球体が同時に金色に輝く。
オオォォオオォオオン・・
駐車場全体に咆哮の様な起動音が木霊し、機体の装甲がぼこぼこと不気味に膨れ上がった。
装甲の表面に金色の筋が、まるで血管の様に浮き上がる。
ゆっくりだった動きが急激に機敏になり桐斗を追い掛ける。
「クソっ、起動したか!」
太い右足が周囲のトラックを蹴り飛ばした。ボディがアルミ缶の様に潰れ、何メートルも後方に吹っ飛んで行く。
砕けて割れたガラスの破片が降り注ぎ、桐斗の肌を浅く裂く。
『Knights』の暴走によるあまりにも大きい衝撃の前に、コンクリートの床も天井も大きく崩れ始めた。
早く外に出なければ、03か天井かどちらかに潰される事になる。
出口は・・
「桐斗、こっちに!」
外から続く運搬業者用の搬入口のシャッターをぶち破って、深緑色の重厚な軍用トレーラーが突っ込んできた。
「乃愛かっ!」
ナイフをたどたどしく構えた浄介が、膝を震わせながら前に出た。
「お、おい!人殺し!!お前なんか俺ひとっ、一人で十分だ!」
金髪の男が歩み寄ってきて、副頭領の少年を見る。
ククッ、と喉を鳴らし、
「くはははははっ!オマエ馬鹿だろ!?ナイフ一本でやり合う気か!?ははははっ!」
「うおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
浄介がナイフを振り上げ、コンクリート片だらけのフロアを走り出す。
姫流は手を後ろに組んだまま、唇を噛み締めて動かない。他の子供達も同じだが、顔には恐怖の色が浮かび引き攣っている。
「ぐあっ!?」
だが、5メートル程走った所で足首大のコンクリートにつまづき、大きく転倒した。
「浄介!?」
震える足でこの足場の悪いフロアを走るのは無理だ。
足首を捻ったのか、震えからか、浄介はその場から立ち上がることができない。
馬鹿!もっと敵をこっちの方に引き付けないと、作戦が・・!
血まみれの日本刀を片手で構え、男がニヤリと笑った。
「じゃあお望み通り、オマエからだ」
男が一歩一歩、踏み締める様に近づいていく。
立てよ!もっとこっちに来い浄介!
「っ・・姫流ッ!早く逃げてくれ!!姫流!!」
「ギャーギャーうるせえ!さっさと死ねやァ!!」
くそおぉぉッ!!
男が日本刀を振り上げた。
子供達の血を吸った刃が、妖しく光る。
刀が風を切る音。
男の顔が恍惚に歪む。
瞬間、地面が激しく振動した。
止まったエスカレーターが真ん中から圧し折れ、崩れ落ちた。
鉄骨が二、三本、フロアに叩きつけられる。
微かに残っていたエントランス中の窓ガラスが全て粉々に砕けた。
「ぐおっ!くそぉッ!!」
不安定な体勢だった男はバランスを崩し、日本刀が地面に突き刺さる。
「浄介ッ!こっちに来い!!」
激震の中、浄介がよろよろと立ち上がり、今度はしっかり踏み締めて歩き出す。
オオォオォオォォン・・
振動が止むと同時に、下の階から不気味な音が聞こえてきた。
金髪の男が刀を引き抜き、再び浄介に向かって迫る。
「このやろォ!ガキがあぁァ!」
姫流から男まで、約10メートル。
この位置なら、
「行けっ!ガキ共!!」
子供が石を投げても命中する。
手を後ろに構えた八人の子供達が一斉に、持っていたコンクリート片を男に向かって投げつけた。
殆どは外れるが、多少は命中し足止めになる。一つが男のこめかみに当たり、左頬を赤く塗らした。
「がああァァッ!!テメエから死にてえのかあぁァ!!」
更に、敵の目標が俺達に移る。
男が奇声を上げながら、姫流を斬り殺そうと走る。
姫流から男まで、約5メートル。
背中の消火器の栓を外しホースを伸ばす。
そして、男の顔面に向かって噴射した。
猛烈な勢いで白い霧状の薬品が男を覆った。
「くそッ!何処だァ!!何処にいる!!」
目に入ったのか、男はその場で無茶苦茶に刀を振り回した。
「皆、こっちっス!こっちに逃げるっス!!」
最年少の少年が10メートルほど後ろで大声を出す。
男はその声にピクリと反応した。
「そォこかァあぁぁァァァ!!!」
口の端を歪め、再び刀を構え走り出した。
そして、
少年と男の間――中央にオブジェのある人工の池――に真っ逆様に落下した。
頭を打ったのか、男は池に浮いたまま動かない。
・・勝った、のか?
「やったああっス!成功したっスよ!!」
「副頭領ぉ!無事でよかったあぁ!」
ガキ共が揃って浄介の元に駆け寄り、ギャーギャーと騒ぐ。
だが浄介の顔は明るくなかった。
姫流は空になった消火器を池に投げ捨てた。
ゴゴゴゴゴ・・
再び激震。
今度は床が陥没し始めた。
池の中央のオブジェが倒壊し、池の中の男を押し潰す。
三階から吊り電灯や空調用のプロペラが次々と降り注ぐ。
くそっ、どうなってやがる・・逃げ道は・・?
オブジェや吹き抜けのある入り口付近は瓦礫が多く、建物を主に支えている裏口付近は距離は遠いが損傷は少ない。
どちらが得か・・賭けだ。
「裏口から逃げるぞ!!」
足場の悪い中、11人は入り口に向かって駆け出した。
後ろを振り返ると、管理室の壁が崩壊して潰れていく様が見えた。
名前も覚えていない5人の顔を何故か思い出した姫流は、強い吐き気を催した。
「悪い、失敗した。」
トレーラーの助手席に素早く乗り込み散弾銃を足元に放る。
「仕方ないよ。それよりここで戦えばビルが崩れて下敷きだ。03を外に誘き出そう。」
「ああ、任せた。俺は後ろでスタンバっておく。」
運転席と助手席の間の無骨な鉄のドアを開けた。横目で天井を破壊しながら向かってくる03を見る。
装甲がボコボコと隆起し、光の筋が血管のように機体の表面をうねっている。中の警備員はどうなっているのだろう。
・・きっと前例通りだ。
「行くよ!」
グン、とトレーラーが急加速する。強烈な振動。
勢い良くUターンし、開けたシャッターの穴から運搬用の搬入口を目指す。
桐斗は軽くよろけながらもドアの中に滑り込み、大型トレーラーの巨大なコンテナの中を窮屈そうに横たわる人型の物体にしがみ付いた。
ガシン、ガシンと悲鳴のような足音が迫ってくるのが分かる。
エンジンの回転によって充電される電灯が幾つか点灯しているものの、微弱すぎて良くは見えない。
が、桐斗は人型の背中に当たる部分に足を掛け、その中に飛び込む。
1メートル50センチ四方程度の広さの空間には、正面、右、左に巨大な画面。そして中央に1本のレバー。
右肩の辺りからシートベルトを無造作に引っ張り出し装着。ストラップの一切無いキーを鍵穴に差し込み、捻る。
ヴウゥゥン・・
エンジン良好。モニター、センサー異常なし。カメラ起動。
正面の画面に、天井の電灯が映し出された。が、左右には『Knights』用の装置や武器が写る。
「乃愛、こっちは行ける・・ぐッ」
ガキィン!!
激しい金属音と共に車が急停止した。
「どうした!?」
「駄目っ!捕まった!」
ベコッ・・
重厚な軍のトレーラーが、左右からの強い力に簡単に凹み始めた。
コンテナの内部に取り付けてあった装置が折れ曲がり潰れて行く。
「・・起きろ、『エル・ヴェグスダ』!!」
それは桐斗の声を待っていたかの様に左腕を動かし、ウェポンラックから『Knights』専用の巨大なリボルバーを拾い上げた。
一発、二発・・コンテナの内側から温度センサーが捕らえる03に向かって撃ち込む。
三秒掛からずに撃ち尽くすと、トレーラーを押し潰す敵の動きが止まった。
「騎士<ナイト>コア起動・・」
左右非対称に大きい右腕に埋め込まれた核が白く輝いた。
右手の無い右腕から『質量を持った光』の粒子が噴出する。
それは複雑に絡み合い硬化し、やがて一本の刃を構築してゆく。
「斬れ・・『白山千鳥』!」
輝く軌跡を纏い、光製の刃はトレーラーのコンテナの上半分を薙ぎ払った。
コンテナに、寝たままの状態のヴェグスダの銀色の装甲が露わになる。
騎士<ナイト>コアによる近接兵器。
オリジナルの騎士<ナイト>コアは微細な光の粒子によって物質結合を瞬間的に分断するのに対し、
模造品である『白山千鳥』は『質量を持った光』が硬化した、只の切れ味のいい刃物でしかない。
「・・ぐン・・の・・ニ、ニンげンは・・ユルさ・・なイ・・」
再び動き出したテルタエスの右腕が赤い光を放ち肥大化した。
光は根元から硬化し、大振りの戦斧を模っていく。
しかし03は粒子が完璧に硬化する前にそれを大きく振りかぶった。トレーラーを『Knights』ごと粉砕するつもりか。
「乃愛」
「ああ!」
短い合図と共に巨大な腕から開放されたトレーラーが急加速した。
グチャッ。コンテナの後方に斧がめり込む。が、切断されるギリギリで回避する事ができた。
先ほどの捕縛で折れ曲がってない武器・・ショットガンを腰部にマウントし、片手持ちのサブマシンガンを左手に持つ。
レバーを強く前に倒しアクセルを踏み込む。
白銀色の騎士が、コンテナから立ち上がる動作をキャンセルし高く跳躍した。
不安定な体勢から完璧に地面に着地する。コンクリートがはぜ割れる。
03の右肩の装甲がボコボコと触手が伸び、絡み合って筒状の物を形成して行く。
「桐斗、LK-03の装備は戦斧型の騎士<ナイト>コア『公孫樹』、20センチ貫通弾式レールガン型の狙撃士<スナイパー>コア『夾竹桃』だよ。
『夾竹桃』は一発は強力だけどリロードに2.78秒掛かる。その隙を狙って」
既に道路まで離れ車を停めた乃愛からの通信ウィンドウが、メインモニターの下部に表示される。
「ああ、分かった・・っ」
原型を留めていないレールガンの根元の核が緑色に光る。
来る!
動作レバーを右に倒し足元のステップ・ペダルを浅く踏み込むと、機体が5メートル程右方に跳躍する。左肩部の57センチ左を銃弾が通り過ぎて行く。
銃口補正は少ないか・・だが油断はできない。
着地と同時に右手のパネルを操作しオートロックオン。目標までは33.2メートル。レバーのトリガーを引き、ヴェグスダがサブマシンガンを掃射する。
32発の銃弾が次々に胸部に吸い込まれて行く。巨体は避ける事を全く考えず、ヴェグスダに突っ込んできた。
弾は胸部装甲に突き刺さり、浅い穴を開けていくが深いダメージには至らない。幾つかがコアに命中し傷を付けるが効いていないと言ってもいい。
弾の切れたマシンガンを投げ捨て、ウェポンラックから大型のショットガンを抜き構える。敵の第二射。再び右に跳躍。着地。
7メートルを跳んだはずが、今度は左腕の41センチ左を通り抜けた。
瞬間アクセルを踏み込み、敵の右側に回りこむように2秒で20メートル距離を詰め、格闘戦に持ち込もうとする。
レールガンの銃口がこちらを捕らえて動く。コアが緑色に光る。
ガンッ!音と共に至近距離から大型の散弾銃が火を吹き、『夾竹桃』の砲身の根元を蜂の巣にする。
光学装甲が歪曲し、ヴェグスダに放たれた銃弾は大きく狙いを反れ地面を抉る。
桐斗はレバーを前に入れると同時に右手のパネルを叩く。
機体にインプットされている『白山千鳥』の格闘攻撃パターンを入力。ヴェグスダが右腕の刃を胸部のメインコアに突き出す。
『警告、左方向からの攻撃』
正面モニターにアラート。
視界の左端に大斧が映る。
「ちっ!」
桐斗は動作レバーをニュートラルに戻し、ステップ・ペダルを全力で踏み込んだ。
刺突のモーションをコンマ6秒でキャンセルと同時にその場で高く跳躍する。機体の爪先を大斧が霞めた。右手のパネルを叩く。
ヴェグスダはジャンプからの落下に合わせ白い剣を振りかぶり、右肩の光球に向かって全力で斬り下ろした。
ガキィッ!!『夾竹桃』に刃が食い込んだ。
メインコアだけでは起動しない失敗作のヘル・テルタエスは、他の二つのセカンドコア、『公孫樹』『夾竹桃』から動力を得て起動している。
三つのコアの内どれか一つでも欠けたらあの巨体を動作させる事ができなくなり、活動は停止する。
「グォごガァあ!!」
ぼこぼこと光の粒子が沸き上がった『公孫樹』を振り上げる03。
「遅い」
機体の全体重を乗せ力任せに振り下ろした大振りの刃は結晶体を叩き割り、肩部装甲から二の腕までを斬り開いた。
肩から緑色の粒子が、噴水の様に噴出する。太い胸部を足蹴にし、刃を引き抜いて後方に跳躍。同時にトリガー。
空中を一回転しながらショットガンの残弾を撃ち尽くす。
蹴りの反動で後ろのめりに崩れて行く03の歪んだボディが、更に原型を留めなくなっていく。
・・着地。
「戦闘終了。損傷はゼロ。・・乃愛、大型Knightsの輸送機を派遣してくれ」
まだ緑色に光る双眼が、生きる事に疲れた哀れな男の眼光の様にも思えた。