第八話
あの時の感触を永遠に忘れる事はないだろう。
自分を抱く父と母の暖かい感触、普段なら心地よさを感じてるだろうがその時には不快感と嫌悪感しかなかった。
触れ合う体の感触よりも生温くぬるぬるとした赤い液体が体中を包み込んでいるのを感じるためだ。
三人で川の字に横になっているのはアスファルトの上。
白いラインの引かれた横断歩道の上に血だまりを作り倒れこむ両親、抱かれながら必死に助けを求めるユウに応える者は誰一人といない。
ただ彼らを引いた運転手は己の過ちに怯え、車のスピードを上げて去っていく。些細な悪意はどこにでもはびこっている。
それはひっそりと咲く小さな花にも気付かずに踏み躙るよう、一人の少年の心を砕いたのだった。
幼くしてユウは孤独になった。
完治してからすぐに施設に預けられる事になった。
そんな時、最初に話し掛けてきたのがヒロであった。
「おい!お前、新しく入った奴だろ?」
「・・・・・・。」
「いいか。俺様はヒロってんだぞ。お前を一の子分にしてやろう。」
「・・・・・・。」
「よし、ついてこい。俺様と一緒にあの滑り台を制覇するぞ!」
そう言って彼はユウの手をつかんで滑り台に向おうとした。
しかし、ユウはその手を無理矢理振りほどく。
心を閉ざしたユウは
「・・・うざい。」とそんな一言しか口から出なかった。
対してヒロも
「一の子分が逆らうんじゃねぇ。いいからついてこい。」と感情的で横暴だ。
「そんなのになった覚えはない。」
「うるせぇ!いいからついてこいよ。」
そんなやりとりをしている内に二人は殴り合って大喧嘩を始めてしまっていた。
これが二人の出会いだった。
それは毎日のように続く恒例行事になっていた。
いつも一人でいるユウにヒロが話し掛けてはいつの間にか喧嘩をするというパターンである。
さすがに毎日続いたこのやりとりに周りも呆れ果て、ほっとくほどの始末である。
ただ、園長はこの二人の不器用なやりとりを見てクスクスおかしそうに笑っていた。
気がつけば二人はいつも一緒にいるようになっていた。
ヒロもこんな無理矢理で横暴な性格である。
まわりと馴染めていない事を考えればユウと同種の子供だった。
他の子供の影口が囁かれるのに気がつくたびに、ヒロの黙って空を見上げている姿がユウには印象的だった。
ヒロとしては飾らないユウを、ユウとしては真っすぐなヒロを、互いに認めあっていた。
気がついた時、眩しいライトが黄色い光でユウの顔を照らしていた。
手足は枷に縛られ身動きは取れない。
意識が覚醒していく中で今まで見ていたものが過去の思い出である事が自覚できた。
(・・・懐かしい夢だ)
手術台に横たわるユウは心の中で呟く。
そして今おかれている状況をすぐ把握する。
大切な友を失った自分。
何もない。
それしか言い様が無い程あまりにも多くを失った。
そのなれの果てがこの有様か。
しょせんは『モルモット』か。
ユウは自嘲的に口元を歪める他になかった。
あの男が自分の体をいじくり回しているのが分かる。
麻酔のせいか、痛みは感じない。
それでも内部を触られている感触に吐き気をもよおす程の不快感を感じていた。
悪意が侵食していく。
それでも構わないと思っていた。
全ては復讐を果たすために・・・。
目蓋を閉じてユウは再び意識を深く鎮めていく。
炎上する大都会。
幾重にも並び建つビルの一つが黒い煙を空へ撒き散らす。
その中では人々に襲い掛かる灰色の巨体、ヴィクティマ達が蠢き破壊の限りをつくしていた。
濁ったうめき声が響き渡り、腕が振り回される度にコンクリートの壁と柱は破壊され、デスクやコピー機が衝撃に吹き飛ぶ。
そこらに散らかる機器は揺らめく炎に焼かれ、まさに地獄と化している。
ヴィクティマが建物を徘徊する中、数人の女性が更衣室で息を潜めて縮こまっていた。
おそらく逃げ遅れたのだろう、ヴィクティマにいつ見つかるかと皆肩を抱いて震えていた。
怯える彼女達に追い打ちをかけるように扉がガツガツと叩かれる。
扉はしだいに変形してわずかな隙間が出来るとそこから灰色の巨大な拳が這い出てくる。
すると扉は巨大な腕に軽がると打ち破かれた。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
人々の絶叫が響き渡り、ヴィクティマが彼らに襲い掛かろうとしたその時!!!
「うおおおおおっ!!!!!」
と咆喉と共に紅い刄がヴィクティマの背後を頭のてっぺんから足元まで一刀両断する!!
ヴィクティマは真っ二つにされて血飛沫をあげてどさりと倒れた。
「大丈夫ですか?」
そう言うのは紅い電撃の刄を右手に持ち、左手を彼女達に差し伸べるのは黒い『怪人』。
紅く光る大きな目が印象的で、彼の後ろには切り刻まれて肉片と化したヴィクティマの骸が至る所に転がっている。
「あ・・・あなたが祐一さんですか?」
若干怯え気味に一人の女性が差し伸べられた手を掴み立ち上がる。
「はい、ここは任せてください。道は切り開いときました。あなた方はここから脱出してください。」
黒い『怪人』ことアビスは紅い刄を持つ右手でヴィクティマの残骸のある方向を指す。
彼女達は気持ち悪さに顔を歪めるがアビスに礼をすると一目散に逃げていく。
同時にアビスはまだヴィクティマが暴れ回る方へ紅い刄を振りかざして駆け出した。
あれから事態は急変した。
テラー強襲の数日後、紅い月は一気に破壊活動を開始したのだ。
しかも狙ってくる場所は常に祐一達の協力者の活動地域ばかり。
まるで戦力を見透かして行なわれているようであった。
この急な事態に祐一と北山は別行動をとり、各個撃破する事にした。
そして今に至るのだった。
瓦礫とヴィクティマの屍が散らばる中、祐一は変身を解除するとジーンズのポケットの中から携帯電話を取り出す。
手慣れた様子で指を動かし耳元に当てる。
すぐに相手の声が聞こえてきた。
「祐一くんだね。お疲れさまです。」
「はい、こっちは片付きました。秋野さん、次は?」
「次の場所の地図をメールで送ります。急いで向かってください。」
「OK。」
会話を終えると携帯のディスプレイに目を向け、メールを開く。
添付ファイルの地図を数秒で確認する。
『インセクター』である祐一にはパッと見たモノを数秒で覚える事も対した事ではない。
携帯をパチンと閉じると再び黒い障気を身にまとい、アビスに変身すると建物の壁を突き破って数十メートルはあろう高さを降下していく。地上では黒き装甲の超大型二輪バイク、『デュアラファング』がライトを点灯させて堂々とその存在感を現していた。
この見つめるだけで飲み込まれそうなほどの威圧感を見せ付けるバイクのシートに軽やかに着地を果たす。
チューブがあたかも生きてるのかのようにアビスの体に吸い付くと力強くエンジンが震えだす。
勢い良くスロットルを回すと急加速を起こし、目的地めがけて突き進む。
アスファルトの道を突き抜け、走る自動車の合間を軽がると擦り抜き追い越していく。
追い越された自動車の運転手にはあまりの速さに視認する間も無く、黒い一陣の風が吹き抜けていくようにしか感じない。
極限の速度である。
そんな中、頭から離れないのはテラーの断末魔の言葉であった。
今でも心の中に響く。
―――ワルイノハァ!ハチィダァァァァ!!!
様々な疑惑が交錯し堂々巡りな考えばかりが思い浮かぶ。
アビスは軽く舌打ちをすると、スピードをあげる。
疾風のように道路を突き抜けて行くのだった。
所変わって秋山は事態を対処すべく彼なりに闘っていた。
彼の前にはたくさんのモニター。
それは協力者達が互いに連絡を行なえるように設備された通信網のデバイスである。
その割には最新のモノではなく、従来の画面モニターに無造作に繋げられたケーブルは露出してこんがらがっている。
秋山はそれらにしっかりと目を向けながらイヤホンからの情報も聞き逃さずにマイク越しに的確な指示を出していた。
「次の場所の地図をメールで送ります。急いで向かってください。」
相手の「OK」と言うのを確認するとイヤホンを外し背もたれに寄り掛かる。
目頭を指で押して軽くマッサージをする。
「いったいどういう事なんだ。」
深いため息と共に愚痴がこぼれる。
「少し休んだ方がいいのではないですか?」
秘書の本庄がいたわりの言葉と共に秋山に紅茶を差し出す。
定番のダージリンだ。
ミルクは比較少なめで砂糖はスプーン一杯分。
秋野の好みをしっかりと把握している本庄の気遣いさがよく分かる。
「すまないね。一息入れさせてもらいます。」
椅子を180゜回転させて本庄と向き合う体勢を取り、紅茶を受け取ろうと左腕をのばす。
否、秋山の左腕は二の腕あたりまでしか無く、左肩を動かしているだけに過ぎなかった。
彼の左腕はテラーに食われてしまったのである。
それでも日頃のくせなのだろう、左利きの彼はつい無くなったはずの左腕を使おうとしてしまうのである。
「早く義手が出来ると便利なんですけどね。」
秋山は軽く舌を出して苦笑する。
「私が代わりを務めても不服ですか?」
と言いながら本庄はカップをデスクの上に置いて微笑みで返す。
「そうでしたね。僕には心強い味方がいました。」
左手でカップを取り紅茶の上品な香りに安らぎを得る。
その紅茶一杯は秋山を何より安堵させる一杯であった。
しぱらくの休息の後、秋野は再びモニターに目を向け、今度はキーボードを叩きはじめる。
そしてぽつりと呟く。
「・・・・・・しかし、この状況から察するに。」
秋野の表情に険しさが混じる。
表情の変化に気付いた本庄も真面目な顔に戻る。
「誰かが紅い月に我々の情報を横流しをしていると考える他ありませんね。」
それはつまり裏切り者、もしくはスパイが潜んでいる事を示唆していた。
その言葉を聞いた本庄はその鋭い目を細める。
「残念な事です。」
彼なりのねぎらいだろう。
秋野はキーボードを叩く指を止める。
深く目を閉じ額を天に向ける。
ほんの数秒そのまま静止する。
ぱっと目を見開くと真っすぐに本庄を見つめた。
「本庄は、僕がどうするべきだと思うかい?」
二人の間にしばらくの沈黙がはしる。
デスクに置かれた紅茶はその暖かさを少しづつ失いはじめ、モニターはやけに無機的な光をたたえている。
秋野の瞳はどこか寂しげで、それでも前をしっかりと見据えていた。
本庄は黙っているだけだった・・・・・・。
空には月が顔を出しはじめていた。
そこにあった病院は、もはや鉄屑やコンクリートの破片だらけの瓦礫の山と化している。
この廃墟にも所狭しとぶちまけられているヴィクティマ達の残骸。
その山のてっぺん、月明かりに照らしだされて立っている黒き紅い目の『怪人』。
周りを囲んでいるのはまだ生き残っているヴィクティマ三体。
巨体をゆらゆらと揺らしながらその『怪人』を睨み据えている。
知能というものを持たなくなった彼らでも本能的に分かるのだろう。
己に驚異をもたらす存在を・・・。
しばらく睨み合う時が数分続く。
が、恐怖に堪え切れなくなった一体が『怪人』に襲ってくる。
大きな右腕を振り下ろして!!
『怪人』はその動きを右肩の微弱な動きを見るだけで容易に察する事が出来た。
右足を斜め前に踏み出す事で体勢をそらし重心を移動させる。
無駄なく最小限の動きによって右腕は宙を空振り、地面に振り下ろされるだけだった。
それでも大きな震動と共に大地は陥没する。
『怪人』は怯む事無く体勢をそらした勢いを利用して左拳をヴィクティマの鳩尾に突き上げる。
その早さと威力はまさに弾丸のよう、勢いは止まらずヴィクティマの体をぶちぬき、二つに裂く。
上半身が前方にどさりと落ちた。
「次はどいつだ!?」
『怪人』は勢いづいて振り替えると残りの二体が同時に飛び掛かる。
拳が顔に当たる寸前まで引き付けてから大きく敏速にバックステップを踏んで攻撃をかわす。
そしてヴィクティマが地面に着地する、わずかコンマ数秒にも満たない瞬間、右腕を大きくしならせ顔面に打ち込む。
右側にいたヴィクティマの頭部は激しい打撃に首が左に吹き飛ぶ!!
首からは鮮血が噴水のように勢い良く吹き出る。
そして残りの一体にも容赦無く鋼鉄程の強度を持つヴィクティマの皮膚を軽がる突き破る破壊の一撃が迫る。
拳が迫るその時!!
ヴィクティマは膝から崩れ落ちるように大地に倒れこんだ。
予想外の事態に一瞬たじろぐが、前方に視線を向けるとすぐに事態が把握出来た。
「アンタか。カームネス。」
その声には少し安堵したのかため息混じりだ。
「最後の見せ場を奪ってしまったようだね。」
優しい声で囁くカームネスは右腕のランスについた血液を振り払う。
地面に倒れ伏した最後の一体には左胸を背中から貫かれ大きな穿がつけられていた。
「とりあえずこれで今日は最後だろう。」
「・・・ああ。」
こんな時のカームネスの目はとても冷ややかに見える。
倒壊して瓦礫とヴィクティマの死体だらけのこの場所で。
容赦無い彼の姿に自分の姿が重なる事を想像すると、今でも震えは止まらない。
テラーのあの言葉が脳裏に甦る。
―――ワルイノハァ!ハチィダァァァァ!!!
「なあ、・・・」
俯く顔をあげて暗い空を見上げる。
満月が暗闇の中でただ一つ白い光で二人を照らしている。
そう、ただ白い光で。
「アンタの正義には、陰りは一つも無いと言えるか??」
乾いた風が吹きわたる。
カームネスは石像のように押し黙ったままである。
「第三のインセクター テラーが言ってたんだ!アンタが悪いと!!」
アビスは語気を荒げカームネスの肩に掴み掛かる。
肩を揺さぶりさらに続ける。
「俺は信じていいのか!?あの時語った正義を、今も胸を貼って語る事が出来るか!!俺に!!!」
「祐一くん・・・、私は」
とカームネスが重い口を開いた時だった。
柱の折れ曲がった街灯がほのかな明かりを灯す。
すでに割れた電球が光っているわけではない。
丁度その辺りに炎が揺らめいているのだ。
光に反応した蛾が明かりに群がり、近付き過ぎては燃え落ちていく。
明かりの下には大きな人影が浮かび上がっている。
人を怪物にするウィルス『エクシャル』でその五感を強化されているアビスとカームネスですら、いつの間にか立っているその人物に気がつかなかった。
二人は炎に浮かび上がるその人物の顔を見て驚愕する。
「・・・お前は。」
思わず声を出すアビスにその人物は口元をかすかに歪めニヤリと笑う。
「ほう、僕を覚えているのか。」
鼻先まで伸びた黒髪。
中性的で女性に見間違うような華奢な腰。
そして羽織っているのは小綺麗な黒のトレンチコート。
イグゾルトがアビスの必殺技『スカーレットパニッシャー』によって消滅させられた時の余波で失なったはずの右腕もしっかりとある。
「第6のインセクター ルナシー」
歩みよりながら両腕をだらりと持ち上げ、広げて見せる。
それはさながら十字架に架けられた聖者の様でもあるが、どこか歪んでいる、卑屈な姿を表していた。
「なあ、僕と踊ろう。」
ユウの細い腰の辺りからCSコアが現出する。
しかし、それはアビス達の腰にあるモノとは形状が違っていた。
CSコアの中核たる赤く煌めく結晶核が中央にはめ込まれてないのだ。
代わりに結晶核が二個もはめ込まれている。
中央にはエス字のような紋様があり、その紋様の両脇に結晶核が左右に一つずつ埋め込まれている感じだ。
そこから黒い障気が勢い良く噴出する。
インセクターが通常出す量よりも多くの障気が溢れ出ている。
アビスとカームネスは即座に後退し、戦闘態勢に身構える。
「ハハハハハハ!分かるか!!僕は生まれ変わったんだよ!!!!」
暗い夜空に響き渡る声と共に黒い霧をかき消す突風が吹き荒れる。
依然のルナシーとはパワーがケタ違いだ。
二人はその場になんとか踏み止まるがさらに容赦無く追い打ちが迫る。
アビスには特に体に覚えのある殺気を感じ、即座に反応してカームネスと左右に分かれて飛び退く。
真空波
鋭利な刃物のように風が超音速の速さで二人を横切り瓦礫をバターのように切り裂いたのだ。
「何っ!?」
思わず同時に声が出る。
「そうだよ、あいつが僕に力をくれるんだ。」
突風によってその姿を現す。
マダラ模様の巨大な蛾の羽。
全身を包む黒い皮張りのスーツ。
筋肉が盛り上がった屈強な上肢。
そして両腕両足首からは鋭く先の尖った鎌。
その姿はルナシーをベースにイグゾルトのカマキリをも彷彿させる姿であった。ルナシーは牙を見せてニヤリと口元を歪める。
「死ね。」
地獄からの復讐者は鎌を振り上げアビス達に襲い掛かるのだった。