第七話




紅い稲妻が疾走する。
制限速度100qの高速道路で走るそれは一瞬の光にしか見えない。
しかしその光の動きはどこかぎこちなく、ガードレールやコンクリート壁に穿を残して駆けていく。
「くっ、免許取っとくべきだったな。」
軽く舌打ちをして皮肉に呟く。

そう、アビスは強烈な疾走を続けるデュアラファングの制御に手いっぱいになりながらも、もう一台のデュアラファングを駆る第三のインセクター、テラーを追っていた。
デュアラファングは通常の大型バイクより、さらに飛び抜けた6段変速の超大型オンロード仕様である。
黒い装甲は炭素を共有結合、つまりダイヤモンドと同じ配列の固さの物質を惜し気も無く使用されているカーボンアーマーだ。
それは厚みもあり、常人では動かす事の及ばない重量である。
その重量を軽がる動かす事の出来る超ハイパワーエンジンも搭載されて、トップギアの爆発力も尋常じゃない。
初心者どころかプロのレーサーさえ運転は出来ないだろう。
まさに超人たるインセクターの為のバイクである。
それを道路上で走らせるだけでもACSALによって能力強化しているアビスの学習能力は計り知れない。

走りゆくアビスに無残に破壊された乗用車、大型トラックが炎上している光景がうつろう。
通り過ぎていく風景には人々の死が無常に流れている。
もがき苦しむ間もなく死んでいった人々の悲しみに満ちている。
こんなにも簡単に大勢の人々が死んでいく。
そんな現実が無償に腹立たしかった。

大きなカーブに差し掛かる時、嘲笑うかのようにテラーは待ち伏せていた。
アビスの姿を確認すると勢いづいて急発進する。
アビスも負けじとスロットルを回し加速を増す。
さらに全身から稲妻を発生させて爆進する!
アビスの能力特性だろう、デュアラファングは稲妻を増幅させて加速のエネルギーとする分、断然テラーより速い。
負けじとテラーはカーボンアーマーの隙間から触手を飛び出させる!!
切っ先が矢じりのように鋭くなった触手は追いつこうとしていたアビスに何本も飛び掛かる。
ただでさえデュアラファングのコントロールに苦しむアビスは縦横無尽に突き刺してくる触手を間一髪で避けていく。
「ギャハハハハ、死ねぃ!死ねぃ!」
苦しむアビスの様子にテラーは下品な笑い声をあげる。
雷光するデュアラファングは体勢を乱し、斜めに傾き横這いに倒れそうになる。
咄嗟にアビスは左手を地面につける。
手のひらと地表の間に激しい摩擦が起こり火花が飛び散る!!
「うおおおっ!!」
激しい摩擦の痛みを堪え、転ぶまいと必死に歯を食い縛る。
なんとか体勢を維持するが、目前には急カーブの難所である。
この体勢でカーブする事は出来ずガードレールへの激突は避けられない。
「舐めるなぁ!」
アビスは体を支えている左腕に渾身の力をこめる。
バイクの車体ごと宙に舞い、空中で横にひねると、ガードレールの溝に見事に車輪が収まる。
そのまま急加速!!!
ガードレールを滑りながらアビスは無理矢理カーブを乗り切りテラーに差し迫る。
エンジンが熱を上げていく。
左手から紅い電撃を放出させ、拳を深く握り締めるとそれは雷刄と化す。
猛烈な速さでテラーに追い付きそのまま刄を振り上げる。
だが、追い抜く瞬間テラーは体の軸を逸らしスピードを下げて、ひらりと左にかわす。
アビスはガードレールから跳躍、上手く地面に着地すると、デュアラファングの重量で大地は轟く。
凶悪なまでの存在感を示すように黒い装甲のバイクは疾走を続ける。
テラーは負けじと触手をさらに激しく突き出して迫りくる。
恍惚とした表情で殺しあいを楽しんでいる。
この狂った相手にいつまでも防戦で耐える事は出来ない。
特性上、間合いの広さではテラーが圧倒的に有利である。
その上高速戦闘で触手の一本でも食らえばとたんに体勢は崩れ、テラーのやりたい放題だ。
一撃で決まる勝負なのである。
起死回生の一撃を編み出す他に術はない。
絶え間なく背後から襲ってくる触手を見て、アビスは一か八か力を込めてさらに急加速をする。
「にぃげても無駄だぁぁ!!」
急加速の時の細かな動きをとれない隙にテラーは一気に襲い掛かる!
触手は一斉に後輪を追う。
あと少しで突き刺さる瞬間、アビスは急ブレーキをかけて、テラーに車体の側面を見せる形で態勢を斜めに傾けて低くかがむ。
触手はバイクの上方を突き抜ける。
しかし、二本はアビスの右肩にブスリと肉をえぐり突き刺さる。
痛みを堪えてアクセルを全開にする。
不安定な体勢の中、急ブレーキによる慣性の法則とエンジンの爆発する程の力がぶつかり合う!!
「あぁっ!?」
急な展開にテラーは動揺し戸惑う。
アビスの駆るデュアラファングは大地を引き裂く唸りをあげて、タイヤが地面と離れると同時に空中で高速回転を始めた。
雷鳴を響き渡らせ紅い電光を正面のボディの切っ先に集約させていく!
同時に周囲の磁場は高電流の凄まじい流れに翻弄されて空間が歪められていく。
まさに空間ごと引き裂く巨大粉砕機である。
伸びていた触手は容易く引きちぎられる!!
ブレーキをかける時にはすでに遅く、テラーは巨大粉砕機に突っ込む形で歪められた空間に引きずり込まれる。

「うぁっ!嫌だぁ!!嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

無様な絶叫が響き渡る。
紅き稲妻を纏う漆黒の牙、それは無慈悲に人の命を根絶やしにした外道を打ち滅ぼす。
その威力は触れるモノ全てを原子レベルまで粉砕して無に帰す。

螺旋粉砕!!

「ギャアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
絶叫を響き渡らせ、デュアラファングと共に全身を引きちぎられる感触を味わう。
肉片の一つ一つが無に帰り昇華されていく。
テラーを引き裂いたあとも勢いは激しい。
荒れ狂う力を無理矢理に押さえ込む。
アビスは宙に放り出され、地面に叩きつけられた。
デュアラファングは回転が止むとその場で横転し、白い煙をシューシュー立てていた。


打ちつけられた全身の痛みに耐えながら立ち上がり、右肩に刺さった二本の槍のように尖った触手を引き抜く。
肩の鎧の割れた穿から血液が流れ出る。
「・・・何とか、なったな。」
軽く安堵のため息をついて左手で胸を撫で下ろす。

「・・・オ・・マ、エェ・・・・。」
足元からかすれたうめき声が聞こえた。
視線を向けると、何やら転がっている。

「・・ナ・・・、ゼェ・。」
テラーの頭だ。
辛うじて残ったのだろう。顎から鼻先まで皮膚はズル剥けて何とも惨めな姿である。
焦点は定まっておらず独り言のようにつぶやく。
「・・・オ・レェ・・、ワル・・ク、ナィ・・・・。ナ、・・ゼェ、・・・コロス?」
思いもよらない言葉にカッと頭に血が昇る。
「・・・あれだけしといてか?」
まわりには誰もいない。
否、そこにある自動車は全てテラーに破壊されているのだ。
窓には飛び散った鮮血がこびりつき、中には人間だったもの肉が散らばっている。
器用にも、テラーは人々をついばみながら惨殺していたのが分かる。
テラーの頭を鷲掴みにして掲げ、真正面から情けない顔を睨み据える。
握るその手には自然と力が入る。
脳を締め付けられて苦しみにもがきながらテラーは叫ぶ。
「イ゛ィ、イギルタメニィインセクターナッタァ!!!グワナキャオレェナクナルゥ!!!!」
「何、訳分かんない事言って誤魔化してるんだよ!!」
アビスは手の力を強める。
「ウゾジャナィィィ!?ハカセェ、タスケルタメニィインゼェクターシテルゥ!」
限界に近いのか血の涙を流しながら叫び続ける。
テラーの必死な姿に手の力がゆるむ。
嘘をついているようには見えない。
「ワルイノハァ!ハチィダァァァァ!!!」
最期に絶叫すると、その頭部は灰になってさらさらとアビスの手から流れ落ちる。
そのまま風に溶けて霧散してしまう。
「どういう事だ。」
テラーが最期に残した言葉に疑問が浮かぶ。


・・・生きる為、助ける為・・・。

・・・・悪いのは蜂?

わからない、一体どういう事なのだろうか。



暗い路地裏、汚らしくゴミが散らかった場所でねずみ達が残飯を漁っている。
そこに男が一人、惨めに這いずっている。
黒い髪に艶やかさはなく、所々が破けたトレンチコートはみすぼらしい。
右腕を無くした男の整った顔立ちも今は苦痛と憎悪に歪み、歯を食い縛りながら残った左腕で懸命に汚れた大地をつかむ。
そう、第6のインセクター、ルナシーことユウである。
「ヒロォ、ヒロォ・・・。」
今は亡き友の名をかすれた声で呟く。
惨めに変わり果てた姿でなおも彼を突き動かしているのは憎しみだった。
アビスのスカーレットパニッシャーがイグゾルトに炸裂する瞬間、もう少し自分に力があれば。
差し出した右腕が彼に届いていれば。
ほんの少しの距離だった。
ほんの少し、ほんの少し違っていればこんな事にはならなかった。

渦巻く悲しみは怒りとなって心を支配する。
闘いに敗れ衰弱しても心だけは挫けてはいなかった。

「おやおや、こんな所にいましたねぇ。」
後ろの方から独り言のようなしわがれた声が聞こえてくる。
ユウはゆっくりと首だけで振り替える。
「随分探したんですよぅ?君は貴重な私のインセクターだからねぇ。」
差し込む光が眩しくて、その体の輪郭しか分からない。
だがその声に、薄笑いを浮かべたようなしゃべり方にユウは聞き覚えがある。
「・・・ドクター神崎?」
「いかにも。」
革靴の音を路地裏に響かせてユウに近づいてくる。
その様子を眩しそうに見上げながらユウは自嘲的な笑みを浮かべて呟く。
「僕を粛正するのか?」
「とんでもない。」
「今更役立たずに何の用だ?」
「そんな事はないさ。君はまだまだ捨てたもんじゃないよ。」
不信の目を向けるユウをよそに神崎はにこやかにユウを見つめる。
おもむろに白衣のポケットから取り出したモノをユウの目の前に差し出した。
「君にはコレが何か分かるかい?」
「紅い宝玉・・・CSコアの核が何だっていうんだ?」
「これにはカマキリの遺伝子が組み込まれている。」
その一言にユウはカッと目を見開く。
「あなたは、アイツの体をまだモルモットにするか。」
拳を握り締め、体中から滲み出る殺気を神崎に向ける。
「ほぅ、まだまだ元気で何よりだねぇ。」
余裕の表情を浮かべてユウを見下してくる。
瞳には、おぞましい殺気に負けない程の狂気に満ち溢れている。
「また、私に命を預けてみないかい?悪いようにはしないさ。」
「もう一度モルモットになれと?」
「お金も必要だよねぇ?それに、君に復讐のチャンスを提供しようじゃないか。」
神崎は顔を耳元で囁く。
「・・・憎いだろう?アビスが。」


「悪くない。好きにしろ。」


拒む理由はなかった。
ユウの返事を聞くと、神崎は顔を歪めて高らかに笑い声を狭い路地裏に響き渡らせるのだった。