第四話
「さあ、死ねよ!!」
倒れて動かないアビスに鎌が振り下ろされるときだった。
イグゾルトの眼前に手榴弾が飛び込んできた!
咄嗟に振り下ろそうとして鎌の向きをかえ、体をひねる。すれすれで手榴弾をかわし、その勢いを利用して上段回し蹴りで手榴弾を横に蹴とばす。
飛ばされた手榴弾はガードレールを越えて立ち並ぶ林の中で爆発する。
まわりの木々が爆風で吹き飛ばされ、木片が辺りに散らばる。
「俺の邪魔をしたのはどいつだぁぁぁ!!!」
邪魔されたのが腹立たしいのか鎌の怪人は怒気を顕わにして吠え立てる。
しかし間髪いれずして黒のワゴンがイグゾルトに突っ込んでくる。
ふいをつかれたイグゾルトはワゴンに突撃されてボンネットに乗り上げたままワゴンと共に後退していく。
その隙をついて怜奈は血だまりに沈むアビスを何とか担ぐ。
そう、倒れたアビスを怜奈が全てフォローしていたのだ。
「小娘ぇ、てめぇかぁ!」
ワゴンを押し止めたイグゾルトは尋常じゃない殺気をはなちながら怜奈を睨み据える。
怜奈は臆せずして腰のホルダーから何かの起爆スイッチを取り出し、ボタンに手をかけた。
次の瞬間ワゴンが大爆発を起こした。
何とも見事な手際である。
とても十代の少女の為せる業とは思えない。
しかし華奢な彼女に男一人を支えるほどの力はない。
この場から立ち去ろうとするもアビスを支えてでは一歩ずつ踏み出すのがやっとである。
これではとても逃げ切れない。
「やっぱりあなたは役立たずね!」
悪態をつきながら怜奈は歯を食い縛って必死に歩もうとする。
「大丈夫か!二人とも!!」
カームネスが急降下して二人を抱き抱える。
そのまま空へ舞い上がり国道から逸れて木々の林立する茂みの中へと姿を消すのだった。
一台の炎上している車がたたずむ。
そのそばにルナシーがふらふらと着地する。
一見無傷に見えるが体中の腱を的確に突かれており、四肢の節々が上手く動かせずにいる。
燃えさかる炎の中からはイグゾルトが姿を現す。
多少火傷をしているようだが、たいした事はなさそうだ。
「なんだ、随分てひどくやられたんじゃねーか。」
黒い障気を放ち、カマキリの怪人から金髪の男に戻りながらにやける。
「小娘にこけにされるほどのヘマはしてないけどね。」
こちらも元の姿に戻る。
「へっ、一々うるせぇヤツだな。」
「それより奴らを逃がした事を報告。」
トレンチコートの左ポケットから専用の通信機を取出し、事実を刻々と告げていく。
連絡し終わると通信機をまたポケットにしまい込む。「待機だそうだ。」
ルナシーだった黒髪はそう告げるともう一方に何気なくめくばせをする。
「そうか!じゃ行くか!」
金髪の方は声の調子をあげて顔には喜びが正直に出ていた。
都会の一角、小じんまりとした校庭に楽しそうにはしゃぐ子供たち。
みんなでおいかけっこをしている。
子供たちの年はバラバラで中学生ぐらいの少女が取り仕切っている。
それを施設の玄関口で見守る中年女性。
穏やかで安心感を与える印象である。
優しい眼差しで子供達を眺めている。
ここは孤児院。
どんないきさつかはそれぞれだがみんな身寄りのない境遇の中、彼女に暖かく見守られながら楽しい日々を送っている。
つまりこの女性はここの園長である。
まだ小学校にも上がってないだろう少年が門前で転ぶ。
痛みに顔を歪めて泣きだしそうになる。
しかしふいにふわっとした感覚がする。
誰かが抱き上げてくれたのだ。
驚いて持ち上げてくれた人の顔を見る。
少年は喜びいっぱいにその人の名を呼んだ。
「ヒィ兄だ!!」
ヒィ兄と呼ばれた人は黒いトレンチコートに丸眼鏡のサングラス、金髪のツンツン頭、イグゾルトだった。
隣にはルナシーもいる。
少年に呼ばれて期待に返すように満面の笑顔をする。
「よう、元気か!」
まわりの子供たちも来訪者に気が付くとおいかけっこを止めて、一勢に彼らに飛び付いてきた。
子供たちは皆二人の来訪を歓迎している。
彼らは元々ここで育った身である。
金髪の名はヒロ。
気さくで低学年の子達にはとても楽しいお兄さんである。
黒髪はユウ。
控えめで思いやりのあるユウはその配慮に高学年の子達の相談に乗ったりしてくれる優しいお兄さんである。
「ユウさん、園長もあそこにいますよ。」
取り仕切っていた少女は嬉しそうにユウの腕をひっぱりあの女性の元へ行くことを促す。
「ああ、そうだね。」
優しく微笑みユウはヒロにも言って二人は少女に促されて園長の元へ行く。
「おまえら!俺様は園長の元へスパイ任務の報告に行く!これは機密事項だ!!おまえらはここでひきつづき体力トレーニングの任務を実行だ!!」
ついてこようとする子供達にヒロなりの配慮である。
聞いた子供たちは敬礼をしてまた楽しそうにおいかけっこを始める。
「ご無沙汰してます。園長。」
ユウは丁寧に頭を下げてあいさつをする。
「二人とも相変わらずね。」
園長はにっこりと二人をほほ笑みで歓迎する。
「仲良くやってる?」
「へっ、俺はこんな頭デッカチを好きになれませんよ。」
「僕も単細胞に好かれても嬉しくありません。」
互いに睨み合うヒロとユウ。
その様子を見て園長は笑う。
「うふふ、相変わらず仲良しね。」
「どこがっ!?」
二人同時に叫ぶ。
それが何となくおかしくて、みんなで顔をあわして笑ってしまう。
そんな風にしばらく楽しく長話をしていた。
「でも大丈夫なの?」
園長はふいにきりだした。
「お金。それも大層な額の。私たちは助かるけど、あなた達は平気なの?」
「何も心配しないでくださいよ。そんなヤバい仕事もしてないし、生活にも困ってねーから。」
ヒロはにっこり笑って園長の肩を叩く。
二人はそこで二日間過ごした。
ヒロはずっと子供たちの側で一緒に遊んで、ユウは炊事洗濯を手伝って、普通でありきたりかもしれないけど満たされた日々を送った。
「じゃあ、僕達もう行きます。」
ユウは礼儀正しくお辞儀をする。
「もう行っちゃうのね・・・。」
園長は子供のように口を尖らせてすねるマネをする。そして二人をそっと抱き寄せる。
「また帰ってくるのよ。ここはあなたたちの家なんだから。」
すごく照れ臭い。
だけど母親のぬくもりのようなものを感じた。
心にじんわりとしみ、暖かな太陽の光につつまれる、そんな感触。
幸福感をひしひしと感じると同時にこの安息の地を守りたい、守らなければいけない事を改めて決意して、無意識に拳を強く握りしめている二人だった。
目覚めたとき、祐一はベッドに横たわっていた。
「・・・またか。」
ベッドから上半身を起こして辺りを見回す。
自分が寝ているベッドは白い個室の隅にある。
むかって左側に三人ぐらい座れるソファー。
ソファーの前には小さなテーブルがある。
それらが部屋の大きさに合わせて丁度いい間隔でたたずんでいる。
窓から外を覗くと暗い夜空に星々がうっすらと頼りなく微かに輝いていた。
ガチャリと扉が開いた。
振り向くと北山が入ってくる。
「起きたかい。」
北山はソファーに座り込む。
「かなり眠っていたから、もう傷は大丈夫かな?」
祐一は気を失う前の事を思い出した。
二体のインセクターの強襲。
発火性の燐粉を飛ばして大爆発を巻き起こす蛾の怪人。
両腕の鎌から真空波を放つカマキリの怪人。
真空波の直撃を受けて倒れた自分。
彼らの戦闘力は並大抵ではなかった。
「俺はやられたのか?」
胸元をさすると包帯が巻かれていた。
心なしか体に痛みは無かった。
「そういうことになるかもしれないな。君はまだ自分の力を使いこなせてないみたいだしね。」
「そうか。」
しばらく二人は黙り込む。
少し落ち着いて祐一は様々な疑問が頭の中に浮かんだ。
紅い月という組織の存在と化け物達が大体なんなのかは分かった。
しかし目の前にいる北山という男がそんな強大な相手にどう立ち向かうというのか?
勿論、祐一は復讐を果たす意志に迷いはない。
自分を追ってくる刺客を倒し神崎の場所を聞き出せばいいと思っていた。
だがそう勢いで勝てる相手では無い事を身を持って知った。
そもそもここはどこなのか?
「なあ、まずここはどこなんだ?」
「病院だが?」
北山は当然のように答えた。
「アンタは俺と二人で紅い月って奴らに立ち向かうつもりなのか?」
北山は困ったような笑みを祐一に向ける。。
「いや、協力者はいるんだ。」
北山はソファに座り直して姿勢を正す。
「紅い月はもともと医療機関の人間達だ。ACSALが発見されたとき、それを利用しようと目論んだ者が企業や政府の様々な人間と手を組んで今の紅い月は成り立っている。」
北山は深く目を閉じた。
「正直、それに気が付いた一部の者が反抗勢力として立ち上がってるにすぎない。今まともに対抗できる者は君と私だけだろう・・・。しかし彼らは最大限私達をバックアップしてくれる。」
「・・・結局無謀な事をしてるわけか。」
嫌な空気が流れていた。
自分達はただ無駄にあがいて理不尽な力の前に屈するだけなのかと・・・。
そんな空気を知らずかドアが勢い良く開いて少女が二人の前に現れた。
切り揃えられた前髪に勝ち気な瞳。
怜奈だ。
祐一を一瞥すると得意気な顔をして見下してくる。
「やっとお目覚めですか?役立たずさん。」
祐一黙って眉間に皺を寄せる。。
「私がいなかったらアンタ死んでたのよ。感謝しなさい。」
怜奈はさらに増長して語気を荒げる。
「お父さん、こんなの仲間にしたところで意味ないわ。あのカマキリだって私が倒してやるんだから!」
怜奈のあまりに自惚れた態度に祐一は怒りを通り越してすっかり呆れ果てていた。
「じゃ、そういう事で。」
言いたい事を思い切り言い切ったのか悠然と満足した面持ちで怜奈は部屋を出ていった。
再び静けさが戻る。
「娘がすまないな。」
北山は閉まった扉を見ながら苦笑する。
祐一はあえて黙っている事にした。
そして北山は語り始めた。
「私が妻を殺したんだ。カームネスとして目覚めて、目の前に手術台の上で苦しむ妻がいた。もう手遅れだったのだね、目の前でヴィクティマになった。私は必死に呼び掛けた。しかし無駄だったよ。まわりにいた科学者達は無残に殺されていった。私にはどうすることも出来なかった。気がつけば私の手は妻の血にまみれていた。」
北山は強く拳を握り、そして震えていた。
「私は怜奈だけは失いたくなかった。まだ中学校にあがってない怜奈には辛い思いをさせすぎた。同じ年頃の子が学校で楽しい毎日を過ごしているときに、私は身を守る為だと銃を握らせた。・・・結局私は娘を守りたい、それだけなのかもしれないな。」
悲痛に歪む北山の表情
誰にも打ち明けられなかった自分の罪。
戦いの真実。
祐一にはその苦しみが痛い程理解できる。
守るべき大切な人への思い。
それを失った孤独。
そんな現実に、祐一は渇いた唇を噛み締める事しか出来なかった。