第三話
暗黒の空間。
広がるは闇。
「最初はだれもが希望を信じるだろう。」
闇から低くしわがれた声が響く。
「しかしそれは決して希望などではないのだよ。」
漆黒の世界から浮かび上がる人間。
神崎。
「それは絶望を彩る最高の調味料。」
誰に語るでもなく低く陰欝な独白は続く。
「しかし誰一人己の罪に気付きはしないものだ。」
口元がニヤリと歪んだ。
「そして自らの傲慢を蔓延させ、世界を腐らせてゆく。」
神崎は暗黒の中で天を仰ぎ叫ぶ。
「さあ愚かな喜劇は始まった!祐一君!!いや深遠の黒き悪魔アビスよ!!!」
邪悪な気配が闇に広がる。
「君は私に何を見せてくれるのだ?」
祐一は途方にくれていた。
あの後体からは黒い障気が吹き出すと元の自分に戻っていた。
目の前には廃墟。
血だまりと肉片がぶちまけられた地獄のような光景だった。
俺は・・・何をした?
心の中は空っぽだった。
何もしたくなかった。
祐一はこのままここで朽ち果てる事を望んだ。
遠い空から何かが近づいてきた。
はっきり目視できるような距離で祐一はその正体が何か分かった。
四枚の透明な羽。
橙色に近い人型の異形。
蜂のような怪人が祐一に近づいていた。
空虚な心に憎悪が広がっていくのを感じた。
それと共に腹部から赤い結晶がはめ込まれたベルトが浮かびあがる。
感情に呼応して黒い障気が祐一を覆う。
祐一は変身した。
黒い怪物アビスに・・・。
「死ねぇ!!!」
アビスは体から赤い電撃をほとばしらせる。
「何なんだあれは!?」
上空から接近する蜂の怪人は未知数の現象に驚愕する。
「まさか、ACSALが細胞変化させたときに生じるエネルギーを電気エネルギーに変換して放出させてるというのか!?」
驚く怪人にかまわずアビスは電撃を放とうと右手を振りかざす。
しかし放とうとした瞬間、電撃は霧散して消える。
「何でだ!?」
予想外の事態にアビスは困惑する。
「まだ力を使いこなせていないのだね。私はカームネス!」
カームネスと名乗りあげた怪人はアビスの前に着地した。
間髪入れずしてアビスはカームネスに殴りかかる。
「おい、私はお前と、はな…。」
カームネスが言い掛けた瞬間、木々を突き抜けて、黒のワゴンが二人の前に現れる。
その後ろからいくつもの大きな人影がありえない身のこなしで迫ってくる。
「もう来たか。」
カームネスはきびすを返し、猛烈な勢いでワゴンを追う人影に立ち向かっていく。
右手のランスを目にも止まらぬ早さで突き出していく。
人影の一群はつぎつぎと薙ぎ倒され、カームネスが地に足をつけたときには、全ての者が穿を開けられ屍となっていた。
よく見ると、やはり人ではない。
灰色のごつごつした皮膚で、例えるならゴーレムのようである。
屍はピクピク蠢いていたが、やがて動かなくなると黒い障気を吹き出す。
「どうなってるんだ…。」
アビスは呆気にとられて立ち尽くしている。
「お父さん!」
車の運転席から中学生くらいの女の子が飛び出してカームネスに駆け寄る。
少女を傍らに抱くとカームネスはアビスに向かって語りかける。
「変身して挨拶するべきじゃなかったね。私は北山翔、この子は私の娘の怜奈だ。つまりあれだ。君と同じ奴らに抵抗している者さ。」
黒いワゴンが国道を走っている。
運転しているのは北山と名乗る男。
一見、華奢な体系だがワイシャツからちらりと見える胸元は筋肉質で無駄なく鍛えられている。
例えるならマラソンランナーに近いだろう。
助手席には娘の怜奈が座っている。
短く切られたショートヘアに整った顔立ちで笑えばかなり可愛らしいだろう。
そんな少女がもくもくと拳銃を手慣れたように調整しているという奇妙な光景である。
腰のホルダーにはサバイバルナイフ、銃弾のカートリッジ、おまけに手榴弾までついている。
後部座席には祐一がぼーっと窓から山々の風景を眺めている。
「さて、何から話そうか。」
北山が運転しながらしゃべりはじめた。
「まずさっきの怪物がなんなのか、気になっているだろう。あれはウ゛ィクティマ。君をさらって化け物にした者達、紅い月の商売道具さ。紅い月はこの怪物を兵器として売り出す死の商人達だ。ウ゛ィクティマは元は普通の人間だ。君のようにさらった人達があるウィルスによって怪物とされてしまう。そして私たちはその完成形。人の自我を残し、その戦力も増大させたインセクターだ。」
大きなカーブに差し掛かり、北山はハンドルを切る。トンネルに差し掛かり、暗い中、黄色灯に三人は照らされる。
「…それで俺に何をしろっていうんだ?」
祐一は北山の方にむく事はなく、ただ窓越しからトンネルの壁の方を見ている。
「もう私たちは異形の怪物かもしれない。だからこそ彼らに対抗できるのは私たちの他にいない。彼らによって、争いと悲劇は増大するだろう。だから私は彼らを止めたい!協力してくれないか?」
北山は車のスピードをあげる。
「そんな詭弁は虫酸が走るんだよ。俺はあの神崎って男を殺す。…それだけだ。」
祐一の目は険しく、瞳はどこまでも暗い闇を見つめている。
「殺されたからやりかえす。それでは何も解決はしない。。君の気持ちは」
「理屈で語らないでくれ!あいつはさやかさんを殺したんだ!俺の大切な人を!!だから殺してやる。あいつに地獄の苦しみを味あわせてやるのさ。」
祐一は激しい怒気をあらわにして叫ぶ。
体中から込み上げる憎悪を曝け出し今にも全てを破壊したくなる衝動に駆られる。
しかし急に左頬にはじくような刺激を感じた。
助手席から身を乗り出した怜奈が祐一の頬をひっぱたいていた。
いきなりではっとする祐一を怜奈は鋭い眼差しで睨み付ける。
「アナタだけが悲しい思いをしてるだなんて思わないでよ!!!」
そう言うと静かに助手席でシートベルトを締めなおし、またもくもくと拳銃をいじるのだった。
北山は急な行動に出た娘を横目でちらりと見る。
「祐一君だったね?すまないな、娘が急に。」
祐一はフンッといった感じに再び窓に目を向ける。
少し赤みを帯びた左頬をさすりながら。
三人をのせたワゴンは前方からの一筋の光をとらえ、トンネルを抜ける。
しかしワゴンは急にとまった。
三人は急ブレーキの衝撃に耐える。
「どうやら私たちの行動は予測済みのようだね。」
北山はそう言いながら車から降りる。
二人も続いて降りた。
ワゴンの目の前には十数体のウ゛ィクティマが取り囲み、その真ん中には二人の黒いトレンチコートの男が立っている。
男の丸いレンズのサングラスをかけた金髪のつんつん頭の方がまくしたてる。
「ようよう!見つけたぜぃ、蜂野郎よぉ!」
もう片方の鼻先まで前髪だけのばしてる黒髪が指でウ゛ィクティマに指図する。
「奴らを殺せ。」
指示に従ってウ゛ィクティマが一斉に三人に襲い掛かってきた。
怜奈は即座に腰のホルダーから銃を引き抜き、車の側で身構える。
北山と祐一は襲い掛かる怪物の群れの前に立ちはだかる。
二人は全身に力を込めると腹部からバックルが浮かび上がる。
バックルにはめ込まれている赤い結晶体が光り輝くと同時に黒い障気が溢れだす。
するとそこにはカームネス、アビスの二人の異形が姿を現した。
「祐一君、我々インセクターはこのACSAL抑制制御結晶体、CSコアから人を異形化させるウィルス、ACSAL(エクシャル)をナノマシンが昆虫のDNAを媒介に抑制、コントロールして体中に巡らせる事によって変身している。」
話しているカームネスにウ゛ィクティマの拳が迫る。
カームネスは宙返りをしてかわすと、そのまま脳天を一刺しして一体を始末する。
「だからコアが破壊されたとき、ACSALが暴走して私たちもウ゛ィクティマのようになってしまう。」
アビスがカームネスの前にいるウ゛ィクティマの何体かを飛び蹴りで吹き飛ばす。
「腹に気を付けろって事か。」
「まあそういうことだ。」
次々と迫りくるウ゛ィクティマ達の目に理性は無く、ただ本能のままに襲い掛かる。
カームネスは掴み掛かる怪物達をひらりと華麗な身のこなしでかわしてその勢いを利用して確実に急所を刺し貫く。
戦いに慣れている者の動きだ。
一方アビスは強引な力技で怪物を引き裂いていた。
「何よあんなやり方…。」
後方のワゴンの側で身構えてる怜奈は呟きながら下唇を噛んだ。
国道に怪物達の肉片がぶちまけられて鮮血がコンクリートの地面を染め上げる。
トレンチコートの二人はアビス達の様子をじっと見つめていた。
「あいつが例の八番目か。」
黒髪の方が呟く。
「何匹だろうが俺が切り刻んでやるさ。」
金髪は口元を歪めて舌なめずりをする。
「はああああ!!」
掛け声と共にウ゛ィクティマの亡骸がトレンチコートの二人の足元に転がる。
「さあ、全部片付けたぜ。逃げるなら今のうちだぜ。」
アビスは腕を組んで顎を突き出した姿勢で得意気に言う。
「逃げる?僕達を誰だと思っている。」
「僕ちゃん調子に乗るなよー。俺様が遊んでやるからよー。」
トレンチコートの二人はそう言うと、それぞれ独特のポーズで構える。
すると二人の腹部からCSコアが現れ、黒い障気が溢れだす。
「僕は紅い月、第5のインセクター、ルナシー。」
「第6のインセクター、イグゾルトだぜぇ!」
障気の真上から大きな黄土色のまだら模様の大きな蛾の怪人が飛び出し、正面からは黄緑色のカマキリの怪人が姿を現す。
「さあ今日こそ僕がお前を倒す!」
ルナシーが大きくはばたくとリンプンを乗せた突風がアビス達に吹く。
「避けるんだ!」
カームネスの掛け声にアビスははっとして白いレール際まで飛び上がる。
着地を待たずして、リンプンを帯びた風が強烈な炸裂音と共に爆風に変わる。
何とか爆風から逃れたアビスはレール際で前転しながら地面に着地する。
間髪入れずして爆風の中からイグゾルトが飛び掛かって来る。
イグゾルトの両手首から大きな鎌が突き出してくる。
そしてフックのように鎌を連続で突き出す。
アビスはバックステップをして、かわすので精一杯だ。
迫り来る鎌の後ろでカームネスとルナシーが空中で争っている姿がちらついた。
「おらよっ!!」
鎌が大きく振り下ろされる。
それに合わせて大きく後ろへ飛び退いたときだった。
右肩口から脇腹まで勢いよく切り裂かれた!
「くっ・・・なん、だと!?」
確かにかわしたはずだった。
それなのに、アビスの硬い装甲はたやすく切り裂かれていた。
アビスはそのまま下がった勢いで地面に打ちつけられる。
「アハハハッ!俺の鎌は真空を巻き起こすんだぜぇ!!」
イグゾルトの鎌から空気の真空波を起こしていたのであった。
見事に直撃してしまったアビスはそのまま倒れ伏したまま起き上がらない。
切り裂かれた胸からは鮮血がとめどなく流れ、アビスを中央にした赤い水溜まりを作る。
「さあ、死ねよ!!」
無常にも鎌は倒れているアビスに振り下ろされるのだった。